マーキング その後(前編)
「何か食わせろ、クソコック」 ギィ、とラウンジの扉が開き、緑色の頭がひょいと入ってきた。 「今日はもう店じまいです。明日のご来店を心よりお待ちしておりますクソマリモさま」 振り向きもせずにその気配を感じ取り、この船のコックはすげなく返す。...
「何か食わせろ、クソコック」 ギィ、とラウンジの扉が開き、緑色の頭がひょいと入ってきた。 「今日はもう店じまいです。明日のご来店を心よりお待ちしておりますクソマリモさま」 振り向きもせずにその気配を感じ取り、この船のコックはすげなく返す。...
「……ヤっちまったァ」 てきぱきと替えられた真新しいシーツの上で、サッチは枕に顔を埋め込んで唸った。 「何だよ。後悔してんのか?」 すっきりした顔で水を飲むイゾウをぎっと睨んだ。 「……してねェから困ってんだろうが」 「あんた、変わってんな」...
散々喘がされて、もう声なんて出ない。ぜいぜいと肩で息をするサッチの中から、ようやくイゾウは埋め込んでいた指を抜いた。浮かしていた腰をべしゃんとベッドに落とす。腹がベトつくのは、きっと散々垂らされたローションだ。自分の体液とかでは、決してない。 「大丈夫か?」...
「ちょっ……、待てって。こら、待ちなさいって。そんな、いきなりとか、ないでしょ?」 そのまま二階へ行こうと誘うイゾウを、サッチは頑なに拒んだ。 「いいおっさんが何言ってんだ。そんなウブなこと女子高生でも言わねェよ。それとも、やっぱりおれとはセックス出来ねェか?」...
「……何でいねェんだよ」 夜討ち朝駆けとはよく言ったもので、サッチは夜通し作った食事を持ってイゾウの自宅へ押しかけた。ピィンと張った空気が肌に突き刺さり、さくりと踏みしめた芝生には霜が降りていた。時刻は朝の6時前。寝起きの家人に刺されても文句は言えない時間だ。...
「……サッチ?」 日曜日の『グラディート』は、明日は週明けだぞという重たい空気が客を追い出し、閑散としている。サッチにとってはお楽しみの定休日が待っている素敵な夜なのだが、今日は様子が違った。閉店間際に来たイゾウが見たのは、客がいないとは言えまだ営業中だというのにカウンター...
「うわ! イゾウってやっぱ超いい男じゃん!!」 あと数日で師走に入るという頃に、髪の毛をきっちりと後ろで一つに束ね、チノパンにニット姿のイゾウが『グラディート』に現れた。当然のことながら、唇に紅はない。不躾に反応したエースのせいで店中の客がイゾウに注目し色めき立ったが、当の...
「エネルギー切れだ。チャージしにきた」 繁忙期真っ最中のはずのイゾウが、定休日の『グラディート』に突然やってきた。寸法あわせの帰りに寄ったらしいその姿はベッピンには変わりないが、どちらかと言えば柳の木の下にゆらりと立っていそうな風貌にサッチは若干ビビり、厨房で作っていた試作...
あんたの弁当のおかげで早く終わったと笑うイゾウが『グラディート』に再び顔を出したのは、それから3日後のことだった。イゾウは以前より少し来る頻度があがり、必ずカウンター席の定位置に座るようになった。サッチの時間が空いたときには、お互いの話をぽつぽつとした。...
『グラディート』ではテイクアウトはやっていないが、エースや彼の弟の夜食用に店で余った料理を持ち帰らせたりもするので、テイクアウトできる容器はいくつか在庫がある。イゾウへのデリバリーもその容器を流用し、なおかつ、手軽に食べられるよう摘みやすいものを入れている。時にはおにぎりと...
「和裁士……着物縫う人か?」 丁寧な仕事で作られたと分かる和紙の名刺の肩書きは「一級和裁士」とあった。 月曜日の昼過ぎ、サッチは簡単な手作り弁当とシフォンケーキを持って名刺に記された住所に向かって歩いていた。イゾウの工房は『グラディート』から2つほど通りを抜けた場所にあった...
それっきり、イゾウは『グラディート』に顔を出さなくなった。出さなくなったと言っても1週間だが、サッチはあの踏み込んだ会話がいけなかったんだろうかとそれはもう心を痛めた。 彼にも仕事や都合があるだろう。「最近店に来ないけど、どうした?」と連絡を取るほどの間柄ではない。自分に...
閉店した『グラディート』の厨房で、サッチは一人考え込んでいた。 惚れたって。惚れたって。イゾウは確かにそう言った。しかし、こちらは愛だの恋だのと話をするには、いささか年を取りすぎている。それ以前に、あんな格好をしているがイゾウだって立派な男だ。...
「へっ!? あんた、男?」 オーナーの間抜けな声は、店中に響き渡った。 「ああ。こんなナリをしてるが残念ながらな。そのうち気付くかと思ったんだが」 にやりと笑った"美女"は、なるほど確かによく見れば"野郎"だった。 『グラディート』のオーナーシェフ、サッチが念願のこの店をオ...
明日はマスク着用で出勤する丘咲です。 体調はすこぶるいいんですが、アフターで食べた牡蠣のアヒージョがニンニク爆弾でね。 知ってたけど食べたよ。 めっちゃ美味しかったから後悔はしてない。 というわけで、冬インテが無事に終了しました。...