「うわ! イゾウってやっぱ超いい男じゃん!!」
あと数日で師走に入るという頃に、髪の毛をきっちりと後ろで一つに束ね、チノパンにニット姿のイゾウが『グラディート』に現れた。当然のことながら、唇に紅はない。不躾に反応したエースのせいで店中の客がイゾウに注目し色めき立ったが、当の本人は全く気にすることなく颯爽と歩き、いつものカウンター席についた。
「……よう、色男。年は越せそうか?」
「おかげさんで」
普段の姿を知っているサッチですら、ラフに見せながらもしっかりと計算された姿に思わず見惚れ、心拍数が見える装置をつけていたら、丸分かりなぐらい動揺した。
「イゾウの男バージョンって、おれ初めて見た! すっげェカッコイイ!!」
興奮気味に意味の分からないことを喋るエースに、イゾウは「年中あの格好じゃねェよ」と笑った。
「エース。おまえ、今日は9時に上がれよい」
こちらも装置をつけていれば一発で異常値が叩き出されるだろうマルコが言った。
「へ? 何で?」
「心配するな、マルコ。おれはこっちのリーゼントのおっさんにしか興味がねェよ。まァ、お誘い頂けるならやぶさかじゃねェが?」
「え? え? イゾウも何言ってんの?」
「エース、おまえやっぱり8時に上がれよい」
嫉妬丸出しのマルコに、サッチは「人間って変わるもんだなァ」と思った。今まで人間の機微になど全く関心を寄せなかったこの男は、エースと恋に落ちてから異常に嫉妬深くなった気がする。マルコにしても、イゾウにしても、自分の感情に素直だ。自分だけが変な意地を張って、取り残されているような気がする。おれはいつまで引きずってるんだろうと鬱々とした気分を隠しながら、サッチはイゾウに水を出した。
「おまえさん目当ての女の子が増えるなァ。売り上げに貢献してもらえてありがたいこった」
「あんたと喋る暇がなくなるは考えモンだがな。ランチくれ。腹減った」
「うちのランチは15時までだっつってんのに毎度毎度聞かねェな。ありあわせで作るから、ちょっと待ってろよ」
口ではそう言うが、ちゃんと彼の為に準備している材料を取りにサッチは厨房へと入った。
「まだ手こずってんのかい」
イゾウから1つ空けた席に座るマルコが、サッチの姿を目で追いながらイゾウに声を掛けた。
「亀の歩みだが前には進んでるさ。後退してないだけマシだと思わなねェとな」
「辛抱強いねい」
「限界も近いさ」
水を一口含み、息をついた。
「年を取ると、臆病になるのかね。おれには、あの人が何を怖がってんのか分からねェ」
「リーゼントのくせに怖がりだからねい。と言うより、過去をまだ引きずってやがる」
「金を持ち逃げした男についてった女のことか?サッチから聞いた」
「へェ。おまえにその話をしたのかい。そりゃ随分と仲良くなったもんだねい」
「女は今、どうしてんだ?」
「おれがティーチ……持ち逃げした男をとっ捕まえた時点で、とっくに見切りをつけていなくなっていたよい。狡賢い女だ」
「ティーチってヤツは?」
「聞かねェ方がいいよい」
「そうか。サッチに害がねェならそれでいい」
イゾウはマルコと同じく、元々は他人に興味がない。サッチ以外の人間がどうなろうと、知ったことではない。彼に危害を加えた人間であれば尚更だ。
「あいつの傷は、ティーチに裏切られたことじゃねェよい。まだそっちの方がマシだったねい。女なんて掃いて捨てるほどいるってのに、女女しいやつだ」
口調は厳しいし分かりにくいが、マルコの呟きは親友を心配しているそれだった。
サッチの気持ちは自分に向きつつあることはイゾウにも分かっていたが、ここから先はサッチ本人が前に進む気がなければどうしようもない。何も出来ないもどかしさを感じながら、表情だけは明るいリーゼントが提供してくれた遅めのランチを笑顔で受け取った。
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