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執筆者の写真丘咲りうら

青春の輝き(3)

 「一本!勝負あり!!」

 高らかにゾロの勝利が告げられ、大歓声が巻き起こるその光景を、サンジはどこか遠いところで眺めている錯覚に陥った。自分だってその場にいるのに、どこかに取り残されているような、そんな感覚だった。   見事大会3連覇を成し遂げたゾロの表情も、さすがに歓喜に満ちていた。

 おめでとうゾロ。おまえはやると思ってたよ。  心の中で祝福し、サンジは2階の最後方の席から立ち上がった。  何もかもが終わり、ゾロだってきっと正気に戻る。  ゾロの優勝を見届けたら、新学期が始まるまでは毎日実家のレストランの手伝いをすると決めていた。約1ヶ月も料理に没頭すれば、きっとあの告白とキスは夢だったと思えるだろう。前みたいなダチの笑顔で接することも、多分出来る。

 次にゾロに会うときには、たしぎちゃんがゾロの横に寄り添ってるかもな。  そしたら、女の子を泣かせやがってって蹴りを入れてやろう。大事にしてやれよってな。

 また自然と口の端が上がるのを感じながら、サンジは建物から出た。待ってましたとばかりに、夏の日差しがジリジリと照りつける。

「……っ」

 不意に腕を掴まれた。それもすごい力で。  こんな馬鹿力なヤツは、サンジは1人しか知らない。だけど、そいつは今仲間に祝福を受けている最中のはずだ。  そんなはずがないと何度も思いながら、ゆっくりと振り返った。

「てめェ……なんで帰ろうとしてんだ」  そこには、胴着のままで息を切らし、自分の腕を掴むゾロが立っていた。

「い……てェって!!離せよ馬鹿力!」  サンジの抵抗など意に介さず、ゾロはそのままサンジの手を引いてずんずんと進み、「関係者以外立ち入り禁止」のドアを開けて中に入った。  バタンと閉まるドアの音が、やたらと大きく聞こえた。

 ようやく離してくれた腕をさすりながら懸命に考えたが、サンジにはなぜゾロがこんなに怒っているのかが理解できなかった。  自分のことなど構わず祝福されていればいいはずのゾロが、なぜ自分を追いかけるのかも。  とりあえず沈黙が怖くて、言いたかったことだけを告げた。

「あ~……おめでとう。ゾロ。3連覇とかすげェじゃねぇか。ミホーク先生も喜んでたろ」  剣道部顧問の名を挙げて話題を作る。  かつてインターハイで3連覇を達成したのは現在顧問のミホークただ一人で、ゾロは彼に次ぐ快挙を成し遂げたのだ。

「ミホークは中高6連覇だ。あいつに勝とうと思ったら、大学で4連覇して社会人でも勝ち続けねェと追いつかねェ」

 ああ、そうだった。中学1年の全国大会で、ゾロは負けた。  無様にひっくり返り、竹刀を高々と上げて「おれは二度と負けねェ!!」と叫んだ姿は、今でもサンジの脳裏に焼き付いている。あの光景を見た瞬間から、ゾロはサンジにとって特別な存在になったのだ。忘れるはずがない。  その言葉の通り、ゾロは勝ち続けている。この男のゴールはどこにあるのだろう。

「それより、見てたんなら声かけりゃいいだろうが。あんな端っこでこっそり見て帰ろうとしやがって」  ゾロの目につかないところに座っていたはずなのに、しっかりと見つけられていた。 「てめェ……視力が人間じゃねェぞ。多分」 「うるせェ。てめェならどこにいたって見つけられるんだよ」  とんでもない台詞に、かっと頬が熱くなるのが分かった。 「ば……っ、そういうのは女の子に言ってやれよ。……たしぎちゃんとかさ」 「なんでそこにたしぎが出てくるんだ?」  ワケが分からないという表情に、サンジはぐわっと血が逆流した。

「知らぬは本人ばかりなりってか。学校中で噂になってるぜ。おまえとたしぎちゃんが付き合ってるってよ」  こんなときでも冷静な自分がイヤになる。  ゾロは忌々しげに舌打ちをした。そりゃそうだろう。そういうことは出来れば隠しておきたいお年頃だ。

 言うなら今だ。サンジは覚悟を決めた。  何でもない風に、まるで世間話をするかのように切り出した。

「なァ、もう頭冷えたろ?こないだのアレ、聞かなかったことにしてやるからよ」 「……何の話だ」

 一言一言を紡ぐたびに、心臓がキリキリと痛む。まるで千枚通しで柔らかい場所をぷすりと刺されるような、そんな痛みだ。  おれはちゃんと笑えてっかなァ。そんなことを考えながらサンジは続けた。 「だから……おれと付き合うとか……そんな話だよ。おまえ練習のしすぎで頭おかしくなってたんだよ。野郎のおれと付き合うとか、ねェだろ?おまえにはたしぎちゃんみたいな可愛い子の方がお似合いだって。だからおれとはこれからもダチで」 「何勝手に結論付けてんだ。おれは何も言ってねェぞ」  その先は言わせないとばかりに、ゾロが斬りこむ。ああ、おまえって、こんなときの切っ先も鋭いのな。

「おれは生半可な気持ちでてめェに告ったんじゃねェよ。それとも、それがてめェの本心か?」  有無を言わさぬ瞳が、ぎっと睨みつける。そうだ。こういうまなざしも好き……だったんだ。 「……うだ。野郎と付き合うとか……やっぱねェよ。おれだって可愛い女の子と付き合いて……っ!!!」  バン!と手首を掴まれ、壁に押し付けられた。 「……もう一度、言ってみろ。おれの目を見てだ」  高校生とは思えない凄み方で睨んでくる。だがサンジだって負けていられない。自分だって華奢だが男なのだ。  しかし――

「……ンなに熱くなるなよ。かっこ悪ィぜ。おら、もういいだろ。たしぎちゃんが待ってんだから、行けよ」  どうしても、あの真っ直ぐな瞳を見て同じことは言えなかった。嘘など許さないと語るその瞳に、抗うことは出来なかった。せめてもの抵抗に、クールダウンを装って、ゾロを宥める。  悪ィな。おれだって野郎なんだ。無様な姿は見せたくねェんだよ。  もうこれで勘弁してほしい。解放してほしい。頼むから。

「……てめェは勘違いしてる」  手を緩めたゾロがため息と共に零した。押さえつけて赤くなったサンジの手を癒すように撫でる。

「てめェに告った翌日な、ミホークに呼び出された」  突然始まった告白に、サンジは耳を傾けた。撫でられている腕が気持ちいい。 「インターハイが終わるまで色事は禁止だって。そんなのにかまけて獲れるほど、3連覇は甘くねェって言われて。この試合だけはどうしても獲りたかった。あいつを越えるためには、絶対必要な勝利だった」  ”あいつ”というのが師であるミホークを指していることは、サンジにも分かった。師匠と弟子という関係だが、ゾロはこの師匠を必ず越えてみせると普段から豪語している。

「てめェを見ると喋りたくなる。喋ると触りたくなる。抑えきれねェ自分がイヤで、てめェを避けて練習に打ち込んだ。悪かった」

 予想外の告白に、サンジはしばし呆然とした。そんな答えが返ってくるとは思っていなかったのだ。だが、それなら自分があの夜に見た光景は何だったのか。  そんなことなど気にしないでゾロと仲直りすればいい。そしてこのままハッピーエンドになればいい。そう思うのに、サンジは聞いてしまった。 「でも……よ、てめェがそうでも、たしぎちゃんは……てめェのことが好き……なんじゃねェの?……あ~、悪ィ。おれ、見ちまったんだよな。あの日。たしぎちゃんがさ、おまえに泣きながら告白してるの、さ」  サンジは根っからのフェミニストだった。自分が幸せになることで不幸な女の子が出るなら、自分は身を引く。だから自分にとって不幸な返事が返ってこようとも、聞かずにはいれなかった。

 しかしゾロは大して驚いた様子も見せず「ああ、あれか」と続けた。

「あれはおれに対しての言葉じゃねェ。たしぎはミホークのことが好きなんだ。あいつが入学してから2年ずっと……ていうか、ミホークに師事したいがために越境入学してるからな。何度もアタックしてるのに、ミホークのヤツ『無益』ってぶった斬ってよ。たしぎの緊張もピークでとうとうキレちまってな。あれはさすがに気の毒だった」  うわー……女の子に無益とかねェなぁと、サンジは思わずたしぎに同情した。

「だがそれも今日で終わりだ。たしぎが優勝したら、ミホークも年貢を納めるって言ってた。だからおれァ、今戻っても邪魔なんだよ」 にっと笑うその顔は、いつも自分の横にあったそれだった。

 何だかモヤモヤと考えていた自分が馬鹿みたいだ。サンジは脱力した。

「そ……かァ。よかったな、たしぎちゃん。彼女は中学から5連覇だっけ?来年は女子史上初の6連覇獲れるんじゃねェの?」 「多分な。あいつならいける」  揺らぎのないゾロの言葉は、捉えようによっては疑ってしまうような内容だが、サンジにはその言葉は戦友に対する信頼の念しか含まれていないことが分かってしまった。

 腕をさすっていた手が離れ、ぎゅうと抱きしめられた。ごつごつとした胴着が痛い。

「やっとてめェに触れンだ。もう余計なことなんて考えんな。おれはてめェしか見てねェ。分かったな」  ものすごい口説き文句に、サンジの膝が震えた。 「……す……げ……殺し文句だな。てめェこそ埋め合わせしろよ。どんだけ放っておかれたと思ってんだ」  汗臭い肩口に顔を埋め、緑の短髪をくしゃくしゃとかき回してやる。

 突然、大音量の館内放送がゾロを呼び出した。表彰式が行えないと暗に怒っている。  2人は顔を合わせて笑うと、先ほど乱暴に閉めた扉を開けた。その途端に興奮冷めやらぬ熱気が2人を包み、早く行けと促した。

「お。ヒグラシだ」  昼間の蒸し暑さが軽減され始めた夕暮れ時に、ヒグラシの鳴き声が遠くから聞こえた。まるで夏の終わりを惜しむような哀しげな声に、ゾロとサンジはしばし耳を傾けた。  小さなケーキボックスが、サンジの手によりゆるやかに弧を描いている。中身はフィナンシェ。届け先は、エースがバイトをしているカフェのオーナーだ。  ゾロとのことで散々心配させてしまったので、これからお礼がてら挨拶に行く。本職に渡すのは差し出がましい気もしたが、心を込めたお礼となると、やはりサンジが得意とする焼き菓子に行き着いたのだ。

「……うまくいかねェもんだよなァ」  ぽつりとゾロが呟いた。 「……何がだよ」 「いや、セッ」 「だァアアア!!!てめェ昼日中に何言い出すんだ!」  真っ赤になって慌てて言葉をさえぎった。

 あの後、サンジも巻き込まれた祝勝会で、たしぎとミホークの交際が決まり、ゾロはサンジの首を自分の腕に巻いて「こいつはおれのモンだ」と高らかに宣言した。あまりのことに固まったサンジを、周りの人間は囃し立てながらも祝福した。  酒は入っていないはずなのにどこかふわふわとした気分で一緒にゾロの家に帰り、そのまま当たり前のように抱き合った。しかし所詮は高校生。男同士のやり方なんて分かるはずもなく、結局キスをしながら互いのモノを高めあうという程度に留まったのだ。

「……いいじゃねェかよ。昨日みたいなんで」  ぼそぼそと意義を唱えるが、サンジだってずっとこのままでいいとは思っていない。いずれは……と思うけど、でもまだもっとゆっくりでいいんじゃないだろうか。素肌で触れ合うことがこんなにも安心できるということが発見できただけでも、収穫だった。

「……エースなら知ってっかな」  割と本気な声音でゾロが恐ろしいことを聞いてきた。 「おれァ、ヤだよ。ルフィの兄ちゃんのセ……事情とか」  何だか気恥ずかしくて濁してしまう。だって仕方がない。そんな経験、今までに全くなかったのだから。

 ……ああ、でもやっぱり、こいつとだったら、こいつとだから先に進みてェって思うのかもしれない。

 はっと我に返り、自分の考えに頬を染めた。 「バカなこと言ってねェ……で、行くぞ、アホマリモ」  サンジはふいとゾロから離れ、先を歩いた。  夕日に照らされて輝く金髪が、これからの2人の歩みを明るく照らしているように揺らめいた。

(おわり)

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