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執筆者の写真丘咲りうら

間男ノススメ

「ここの船は賑やかだな」

 ルフィに洗濯物の取り込みを手伝わせて失敗しているクソコックを傍目に昼寝をしていると、横に通りすがりのエースがやってきた。  「通りすがり」というのは比喩でもなんでもなく、本当にメリーの前を通りがかったので船尾にに小船をつけて上がってきたのだ。  どういう意図があるのかは知らないが、気配を消して上がってきたのでおれ以外のクルーは誰も気がついていない。  海賊がそんなことでいいのかと思う反面、この男相手では無理もないとも思う。  今のおれたちでは、この男には敵わない。  よっこらせとおれの横に腰を下ろし、甲板を眺める。  視線の先にはクソコックとじゃれるルフィがいる。  「あーあ。グルグル巻きにされてやんの」  シーツで「す巻き」にされ、足癖の悪いコックにボールにされているルフィを見て、楽しげに笑っていた。  そばかすが散ったその笑顔は、年よりも若く見える。  なんだかんだ言ってもルフィは可愛い弟だ。様子を見に来たんだろう。

 「…ね、サンちゃんってイイよね」  唐突に問われ、意味が分からず返事をしないでいると、エースはさらに続けた。  「ちゃァんとオトコなんだけど、なんつーか色気があるっての?ベッピンさんだし。すごくイイよ。うん」  黙って聞いていたが、ますます意味が分からない。  大体野郎に「ベッピン」なんて言葉は使わないだろう。  それともおれの故郷と使用方法が違うんだろうか。  「口は悪いけど世話焼きだし、野郎はキライだとか言っときながら結構甘やかしてるし?ルフィが懐くのも分かるなァ」  うんうんと勝手に納得して、エースはまた甲板のウォッチングに戻った。

 す巻きのルフィはそのままに、クソコックは女どもに飲み物をサーブし始めた。  ルフィが「おれも飲むー!」と騒いでいるが、そんなことは耳に入っちゃいないらしく、いつものあのだらけきった顔でクソつまらねぇ口上を垂れ流しながら、ナミにアイスティを渡している。

 「…なぁ、サンジって女抱いたことあると思うか?」  「知らねェよ」  クソコックの女事情なんざ、興味もない。  「あれァ下手したら童貞だぜ。口説き方が本気じゃねェ」  あれは口説いてるのか?  女どもも聞き流してるし、とてもそんな風にゃ見えないんだが。

 大体あんなふやけたツラで女が落ちるわけがない。  戦闘時や咥え煙草で料理をしている姿の方が、よっぽど見ていられる。  ナミにも「サンジくんって女を見てない時『は』結構かっこいいのにねぇ」と指摘されていたぐらいだ。  もっとも本人のいないときの会話だから、クソコック自身は気付いちゃいねェと思うが。  分かってやっていたら、それこそ本物のバカだ。

 「ちっせェケツ。男の経験も…ないか」  会話(?)の雲行きがあやしくなってきた。  この男は一体何を分析してるんだ?  「ほっそいけど感度は良さそうだよなぁ。恥ずかしがりそうだけど、タガが外れちゃうと結構乱れるタイプかも」  「てめ…」  おれだって女の経験がないわけではない。エースが何のことを指しているのかはすぐに分かった。

 「ゾロもそう思わねェ?」

 そう言っておれを見た顔は、先ほどの無邪気な笑顔ではない。  獲物を狙う、大人の男の顔だった。

 「…おれァホモじゃねーよ」  何故かカラカラに乾いた口で、そう言うのが精一杯だった。  「おれだってゲイじゃないよ。女もイケるけど、男もイケんの。一緒だな」  「一緒じゃねェ!おれァストレートだ」  今まで男をそういう対象で見たことはない。  何で変なところで仲間意識を持たれるんだ。  さすがルフィの兄。時々わけわかんねェことを言いやがる。

 「初めて会ったときからいいなァと思ってたんだよね。おれの好みにドンピシャ。女性陣はサンジに興味ないし、脈があるとしたらおまえぐらいかなと思ったんだ。ゾロ」  不敵な表情を浮かべたエースに、おれは固まった。  この男は、あのクソコックをそういう対象で見てるのか?

 「おまえにその気がないなら、おれマジで狙っちゃおうかなァ」

 まるで独り言のように、しかしその口調はしっかりおれに向かっていた。

 「まっさらかァ。ちょっと面倒かもしれないけど、あんなストイックな子を落としてみるのも面白いかもな。押しに弱そうだし、ちょっと強引にいけばイケっかなァ」  「恐ろしいことを平然と垂れ流すな。あのクソコックが野郎に落ちるかよ」  「サンちゃんにとって、女性は崇拝の対象だよ。肉欲の対象にはならない。女は抱けないよ」  一体何の根拠があるのかは知らないが、エースはそうきっぱりと言い切った。

 「あいつはああ見えて1本通ってるぞ」  「そんなの見たら分かるさ。逆にサンちゃんの横に立てるのは、男しかいないだろうね」  どこか達観したような目で、エースは続けた。  「サンちゃんって自己犠牲の塊みたいだよねぇ。自分の身より仲間を庇ってさ。誰かがサポートしてやらないと、今に身を滅ぼす。そしてそれが出来るのは、男しか無理だね」  おれみたいな、とへらりと笑って付け加えたが、その目は笑っちゃいなかった。  「恐ろしいな。あんた」  素直な感想を言うと、エースはにやりと笑った。  「言っておくが、ルフィの感情も似たようなもんだぞ。あいつは今食欲が勝ってるからサンジと言えばメシだが、もう少し大人になったらそういう対象として見るかもな」  …恐ろしい兄弟だ。

 「よーし!兄ちゃん頑張っちゃお!」  そういうとエースは身を炎に変え、甲板へと移動した。  「ルフィ!助太刀するぜ!」  「エース!いつの間に!」  わぁ…と歓声があがり、あっという間にエースが話題の中心になる。  そんな光景を、おれはその場から動かず見ていた。

 「サーンちゃん!捕まえた!」  ルフィのす巻き状態を解くと、次は兄弟2人がかりでコックを追い掛け回し、形勢逆転とばかりに捕まえた。  「わ!やめろエース!ひゃ!く、くすぐってぇ!!」  クソコックに抱きつき、エースは首筋にぶるぶると頭をこすりつけるようにしてじゃれつく。  純粋にくすぐったがるコックと、違う目的を孕んだ動きをするエースの距離感の違いに、おれは胸騒ぎを覚えた。  ―――胸騒ぎ?  何でそんな感情が?  自分でも分からない「何か」がおれの感情をかき乱す。

 ふと、視線を感じた。  コックに抱きついたままのエースが、おれを見ている。  その不遜な笑顔におれは反射的に刀に手を掛け、いや、落ち着けと自分を諌めた。  わけの分からない感情に戸惑っていると、もう一つ視線を感じた。  クソコックだ。  先ほどまでの笑顔はおれを認識するとすっと姿を消し、おれを睨みつけるとばつが悪そうに視線を逸らした。

 そうだ、こいつはおれに笑顔なんて向けない。  視線は常に刺すように、口は開けば罵声が、足は常におれを攻撃する。  コックとしての腕は一流だし、戦闘員としても優秀だ。  おれの背中を預けられる数少ない相手だとも思っている。  気に食わないおれにもちゃんと食事を与え、時には好物やつまみも作ってくれる。  別に好いてくれとは思っちゃいねェが、そこまで嫌われるようなことをしただろうかと時々思う。

 「捕まえたからおれのモン~」  エースはそう言うと、コックの首筋に顔を埋めた。  「ちょ…!エース!くすぐってェ!!ギャハハハハ!!!」  笑い転げて身を捩って逃げようとするコックを難なく抱きとめ、きゅぅとそこに吸い付いた、らしい。  「あー!エースずりィ!おれもサンジ食いてェ!」  「ダメダメ。これは兄ちゃんの。印付けちゃったもんね~」  「これとか言うな!あーもう。何すんだよバカ兄弟!」

 遠目にも見えたコックの赤くなった首筋の痕を見て何かがキレたおれは、バンダナを頭に巻き、今度こそ刀3本を引っ掴んで、甲板へ飛び降りた。

(おわり)

-------------------------- エースがゾロをからかうSS からかってるのか本気なのか、それは本人しか知りませんw

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