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執筆者の写真丘咲りうら

待ち人、きたる

 「あいつら、相変わらず容赦なく食いやがるなァ」

 しん、と静まり返ったラウンジに、洗い物の音だけが響く。  「ま、作りがいがあるってもんだ。コック冥利に尽きるぜ」

 サンジの誕生日パーティーが終わり、サニー号のラウンジには主役のサンジと見張りのゾロの2人だけが残っていた。  クルーの誕生日にはそのクルーの好物を作り、自分の誕生日にはクルー全員の好きなものを所狭しと並べる。  命を与えるコックは自分が主役であるその日すらも、皆の「クソうめぇ」顔が見れるのが何より嬉しい、と料理に勤しむ。  ゾロはそんなサンジを、出された冷酒を飲みながら静かに見つめていた。

 片付けが終わりに近づいた頃、ゾロが席を立った。  カウンターへ酒とぐい呑みを置くとラウンジからキッチンへと周り、サンジの後ろに立つ。  しゃらん、とゾロのピアスが小さく風を切り、サンジの肩口に触れた。  ゾロの腕は柔らかくサンジの胴を包み込んでいた。  「いい宴だったな」  「…あぁ。やっぱり仲間はいいな」  手は止めず、サンジがそう答える。  「メシ、うまかった」  「…それァ、何よりのプレゼントだな」  嬉しそうに微笑むサンジの横顔を見ながら、ゾロは首筋に顔を埋めた。

 最後の皿を洗い終え、水を止める。  手を拭いていると、ゾロの腕に力が込められた。  深いため息が耳元に落とされる。

 「―――抱きてェなァ」

 3日に1度ぐらい、こうぽつりとつぶやく。  以前は5日に1度ぐらいだったのだが、最近その頻度が上がった。  その声には明らかな情欲を映しているが、それ以上は進まない。  しかしその色は切なくゾロの情を表していた。

 「待つんだろ。おれがその気になるまで」  「ああ…。正直キツいがな」  「てめェが約束したんだ。てめェの言動に責任持ちやがれ」  「ああ。分かってる」  切なげに囁くゾロに、サンジは黙って身体を預けた。

 どれぐらいそうしていただろうか。  「おら、見張りの時間だ。後で夜食持ってってやるからもう行ってろ」  サンジは自分を巻き込んでいる太い腕に冷たい手を置き、離すように促した。

 ゾロは名残惜しそうにその腕を解き、解放する。  キスをねだるそぶりを見せるサンジに、ためらうことなく唇を落とす。  欲を含まない確かめあうようなキスを交わし、2人は離れた。

 「夜食は焼きおにぎりだ。クソうめェの作ってやる」  「ああ」

 バタンとラウンジのドアが閉まり、サンジは1人静寂に包まれた。  煙草に火を点け、ふーっと長く吐き出す。  先ほどのぬくもりをなぞるように、そっと腰に手を回した。

 ゾロに抱きしめられるたびに、熱く囁かれるたびに、サンジの熱は上がる。  それは明らかに、この男が欲しいという劣情としての熱だった。  ゾロは気付いているだろうが、決して手を出そうとしなかった。  それは自分へ課した「約束」を守るため――――

 ゾロから仲間以上の感情を持っていると告げられたのは、ウォーターセブンを出てすぐのことだった。  自分も同じ気持ちだということを伝えたのは、スリラーバークでのあの衝撃的な出来事を見た後だ。  大宴会の間中、眠り続けたゾロを見て、サンジの中の何かが弾けた。  雪走を弔っているゾロに、静かに想いを告げ、初めてキスを交わした。  しかしそこから先へ進むことはなく、シャボンディでバラバラに飛ばされた。

 時間があったとは言い切れないが、先に進むのは簡単だっただろう。  しかし、サンジはどうしてもそれが出来なかった。

 男の自分が、男のゾロに抱かれる。  その葛藤がサンジを先へ進ませることを拒んだ。  まるで生娘のようだと、女々しいと思われたかもしれない。  自分への興味も薄れてしまったかもしれない。  そんなことを思いながら、2年間を過ごした。

 しかし、再会したゾロの気持ちは、一切変わっていなかった。  2年前のあの時と同じように、いや、それ以上に強く。

 おれは2年待った。今更それが少し延びたところでどうということはない。  先に進みたいという気持ちはもちろんあるが、おれだって男だ。男としてのてめェの葛藤が理解出来ねェわけじゃねェ。  ありのままのてめェが欲しい。  だからてめェがその気になるまで、おれは待つ。

 離れていた2年の間に、この男は何を身に付けたのか。  まるで揺るぎのない、絶対的な自信。  自分は2年経っても覚悟が決められなかったものを、ゾロは持ち続けていた。  同じ男として情けなくも思ったが、静かに諭されたその言葉に甘え、キスだけの関係でずるずると今日まで来てしまった。

 ゾロに柔らかく抱きしめられるたびに、唇が触れるたびに、じわじわと広がる劣情。  まるで紙に落とされたインクが広がるように、サンジの中の何かをゆっくりと染めていこうとする。  逃げなければと叫ぶ理性と、このまま染まってしまいたい、溺れてしまいたいと思う本能の間で、サンジは揺れていた。  いつまでも誤魔化せるわけではないことだって分かっている。  もう自分だけの理性では抑えきれないところまできている。

 葛藤が消えたわけではないが…他でもないゾロがありのままの自分でいいというなら、もうそれでいいんじゃないだろうか。  時間は十分にもらった。

 与えられることに慣れていないこんな自分は、こんなときにしか素直になれない。  誕生日という自分が主役になる日なら、少しのわがままが許されるかもしれない。

 バスケットには、出来立ての焼きおにぎりとキンと冷えた冷酒。  どちらもゾロの好物だ。  煙草に火を点け、一息大きく吐き出すと、展望室へ繋がるはしごに手を掛ける。

 もうすぐ日付が変わる。  その誕生日の最後の時間に、ゾロに告げる。

 てめェが欲しいと。

 どんな顔をするだろうか。  余裕の顔で笑むのだろうか。それとも、今までの紳士然とした表情をかなぐり捨てて喰らいつくのだろうか。  どちらでもいい。どちらもおれの知ってるクソ剣士だ。

 「――おいクソマリモ。夜食が出来たぞ」  そう告げると、サンジは展望室へと入っていった。

(おわり)

-------------------------- サン誕に合わせて書いたSSです。 2年経っても実は出来上がってなかったゾサというのをやってみたかった。 21バージンサンジって美味しくないですか? 2年の間にサンジはカマバッカでレディ?に、ゾロはミホ様にそれぞれの心得を叩き込まれてるんです。←

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