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執筆者の写真丘咲りうら

青春の輝き(1)

「またドタキャンかよ~」

 スマートフォンの画面を一瞥し、サンジはハァアとため息をついた。  開いたメールの文面には「稽古が入った。悪い」と件名すらない短い一文が記されていた。

「しょうがないんだろうけどよォ」  これだけ立て続けに約束を反故にされたのでは、さすがのサンジも堪える。

「なに?またゾロにドタキャンされたの?」

 見上げると、すらりとした黒髪の青年がトレイを持って立っていた。ギャルソンエプロンを隙なく着こなしているが、頬に散ったそばかすが人懐こさを醸し出している。 「あー、うん。また稽古だって」  同級生の兄であるエースの笑みに、サンジは思わずボヤいた。

「インターハイ直前だもんな。今年で最後だし、ゾロも先生も気合入ってんだろ」  そう言いながら、サンジの前にコーヒーをサーブした。 「けど、あいつ全然休んでねェんだぜ。終業式から1日も休みがないんだ。晩も遅いみたいだし」  曇らせたその表情に、エースは困ったように微笑んで「ま、ゆっくりしなよ」とカウンターへ戻った。

 セミが夏の訪れを告げて鳴いた日、ゾロとサンジは恋人になった。  実らぬ恋と諦めていたサンジにとっては晴天の霹靂だった。幼い頃からずっと一緒だったゾロが、自分と同じ感情を抱いているなど露ほども思っていなかった。  しかし、おとぎ話みたいにそこでめでたしめでたしとはならず、そこからはずっとすれ違いが続いている。

 剣道部に所属するゾロは、主将としてその責務を全うするべくインターハイへの出場に力を注いでいた。  高校最後の年のインターハイだ。大会3連覇が掛かっているゾロはもちろん、周囲の期待も大きい。念には念を入れたいという気持ちも分からないではない。  しかし夏の暑い盛りに熱風のこもる道場での練習は過酷以外の何者でもなかったし、いくらタフなゾロとは言え、連日の練習で身体が悲鳴を上げているのではないかとサンジは心配していた。

 ――いや、そんなのは建前だ。

 建前に隠した本音は、もっと醜い感情だった。  進路が違うゾロとサンジが、一緒に学校生活を過ごせる時間は限られている。せっかく想いが通じ合ったのに、その日にお互い緊張で震える唇を重ねただけで、それ以降は会って話をするどころかメールをしたって返事が返ってこない日もあった。

 ゾロともっと一緒にいたい。過ごしたい。触れたい。触れられたい。もっと、その先まで。  その反面、サンジはその感情が自分の我侭でしかないということを痛いほど理解していた。

 くそ、女々しいな。いや、女の子だったらそういう感情だって可愛いんだけど。

 分かっている。今がゾロにとって正念場なことも、自分が入り込めない世界だということも。   どうしようもない。もどかしい。悔しい。  自分本位で我侭な自分が、サンジはたまらなく嫌いになっていた。

 放課後のゾロに声を掛けなくなって、どれぐらい経っただろう。

「帰ろうぜ」 「あー、悪い。この後も練習だ」

 この繰り返しに、さすがに心が折れた。  両想いになるまでは毎日のように一緒に帰っていたのに、それすら遠い過去のことのように思える。

 道場に向かうゾロを見かけた。そこに小走りで駆け寄る華奢な少女の姿。  精悍なゾロと少女の凛とした姿は、誰が見ても様になっていた。

「ゾロとたしぎってさ~、やっぱ付き合ってるよなぁ」 「最近毎日一緒にいるもんな。いくら剣道部の主将と副主将だからってさ~、あれは怪しいよな」

 口さがない連中が2人の噂をする。  サンジは何の感情も出さず、周りの音を遮断して正門へと足を向けた。

「……サンちゃん、すごい顔してるよ?」  いつものカフェで、エースはいつもの笑顔で接してくれたが、その瞳は心配してんだぞと語っていた。 「え?……ああ、うん。バテたかな」  普段ならそんな適当な言い訳をさらりと流してくれるエースが、今日は少し違っていた。

「ゾロのこと、気になる?」 「……ならねェったら嘘になる……けど」  自分より少しだけ年上の友人の兄は、ゾロへの想いを自覚した時からさりげなく助け舟を出してくれる。同級生には決して吐かない弱音を、エースには吐けた。

「モテるもんね。ゾロは」  その事実に、否定も肯定も出来なかった。

「はい。これ、オーナーから」

 すいと差し出されたのは、薄いピンク色をしたタルトだった。 「試作品だって。おれも食ったけど、うまいよ」  夜はバーになるカウンターに目を向けると、気のいいオーナーがサンジに向かっていなせにウインクをしていた。トレードマークのリーゼントが、今日もよく似合っている。  ぺこりと頭を下げ、とても試作品には見えないそれを見つめた。  薄くスライスされた桃が、らせん状に美しくタルトを彩っている。 「オーナー、相変わらずすげェな」  そもそもこのお店に通うようになったのは、きっかけこそエースのバイト先だったことだが、ここのオーナーが作る料理の数々に魅入られたからだ。  本職がパティシエなだけに、ケーキには一層力を入れている。

 ウダウダ悩んでいたことも忘れて目を輝かせたサンジを見て、エースはにこりと笑った。

「サンちゃんにはいつもそういう顔をしてて欲しいよ。ゾロがあんまりサンちゃんを振り回すなら、おれホントに貰っちゃおうかな」  耳元で囁かれるいつもの冗談に、サンジはぷっと吹き出した。 「またそんなこと言って。恋人に叱られるぜ」  エースはあははと笑い、そうだねと答えた。

 考えれば考えるほど、深く堕ちていくような錯覚に陥る。ここにいてよかったと思う。実家の厨房や自宅では、もっと考え込んでしまっただろうから。

 口に入れたタルトは、優しい甘さでサンジのささくれた心を癒してくれた。

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