「……こんなの、マジで効くのかよ」
手にした小瓶をまじまじと見つめ、サンジは独り呟いた。
事の発端は、上陸した港町で食材を探している時に入り込んだ路地にひっそりと店を構える露天の店主に声を掛けられたことから始まった。
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「お兄さん、これを試してみないかい? この島に伝統的に伝わる、とっておきの妙薬だよ」
野郎なら確実に無視していたであろう怪しげな声の主は少々どころではなく年齢が行き過ぎた老婆で、しかし根っからのフェミニストのサンジは足を止めざるを得なかった。
「せっかくですがマダム、おれにはそのようなものは必要ないんです。またの機会に」
「おや、私にはそうは見えないんだがねぇ。あんた、好きな人がいるんだろう? それも大っぴらには出来ない」
隠しきれず顔色が変わったサンジを見て、老婆は続けた。
「気に障ったのならごめんよ。けど、これはそんなあんたにぴったりの代物さ。これをひと瓶飲めば、普段どれだけ取り繕っていても素直に相手を欲しがるようになる。おまえさん、相手にもっと素直になりたいと思っているじゃろ」
見ず知らずの他人に突然言い当てられ、サンジは返す言葉がなかった。実はこの裏路地に入ったのも、この島の裏の名産ともいわれる『媚薬』を探していたからだ。
「……本当に効くのか?」
「一口飲めば身体が火照り、抑えが利かなくなるさ。最近はこの島の噂を聞きつけた若者がたくさん来るが、それと同時にまがい物も増えてきて困っておる。これはこの島にしか生えない植物で作った天然由来のエキスで作った妙薬だ。効果はこのババが保障しよう。」
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「素直に……っつったってなァ」
青色の小瓶をラウンジのランプに照らし、揺れる液体を眺めた。ゾロと恋仲になってしばらくになるが、元来の性格ゆえになかなか素直に快楽を表せない自分に、サンジはほとほと嫌気がさしていた。ゾロのことが嫌いなわけでも、セックスが嫌いなわけでもない。しかしいざとなると身体がこわばってしまい、ゾロに「今日はやめとくか?」と気遣われる始末だ。あの本能の塊のようなゾロが自分を気遣うとは思っておらず驚いたが、それと同時に申し訳なくもあり情けなくもあった。思い悩んでいたときに風の噂で聞いたのがこの妙薬の話だ。
「眉唾モンだが、まァ試してみるか」
コルクの蓋を開け、香りを嗅いでみる。花の蜜のような濃厚な甘い香りが鼻腔をくすぐる。ええい、ままよとそのまま小瓶を傾けた。
「……はっ、あ……っぅ」
上陸中のサニー号は、船番のゾロと食事を作りに来たサンジの気配しかしない。がらんとした船に響く息遣いは熱く、荒いものだった。
「……今日は随分と乗り気じゃねェか。クソコック」
「は……っ、るせ。満足……させろよ」
火照る身体をくねらせ、続きを強請る。今までなら考えられない行為だったが、そんなことを回顧する間もない程サンジの身体は明らかに欲情していた。身体の内側からせり上がる熱がサンジを包み込む。しかしそれはどこか穏やかでリラックスすら覚える柔らかい感覚で、サンジは素直にそれに溺れた。
「……あぁっ!」
「ここ、だな」
サンジのひときわ甲高い声に、ゾロはその箇所を執拗に攻めた。
「は……、ぞろ、……あ、あ」
自ら身体をそらし、更なる刺激を欲する。それがどれほどの快楽をもたらすのかを、サンジは初めて知った。しかし、指だけでは物足りない。その思いは素直に次の行動へと移された。
「……コック?」
ゾロの声を無視し、まだ刺激を欲しがるアナルから指を抜いて震える腰を叱咤し、ゾロの肌着に手を掛ける。ぶるんと勢いよく飛び出た剛直を左手で掴み、亀頭にうっとりと口づけを送る。ぴくんとはねたそれを愛しいと思ったのも、きっとあの薬のせいだ。
「……っ」
息をのむゾロに優越感を感じながら、初めて迎え入れるつるりとした感触に「悪くねェ」と行為を続けた。その大きさゆえに思うようには動けないが、亀頭の先端だけを含んでくちゅくちゅと音を立てて舐めとるように動かすと、口の中が苦み走った。髪を撫でられる感触が、ダイレクトに股間へと伝わる。
「んは……っ、ぞろ、……おれも、欲しい」
とろりと蕩けきった瞳で懇願されて平常心でいられるほどゾロは老成していない。むしろ逆効果だ。
「くそっ、反則だ」
行為後の何とも言えない空気はいつも同じだが、今日は普段とは比べ物にならないぐらい居たたまれない。出来ることなら消えてしまいたいとサンジは真面目に考えていた。身体の疼きは消えたが、記憶ははっきりと残っている。いっそ記憶もトんでしまうようなモノだったらよかったのにと思ったが後の祭りだ。
「……寝るか」
瓶から直接酒を煽っていたゾロが席を立った。今こいつを蹴り飛ばしたら、さっきの記憶も飛んでかねェかなと割と本気で考えていると、ゾロのまっすぐな瞳がこちらを見ていた。
「……んだよ」
気まずい空気が流れる。早くこの場を立ち去ってほしいのに、ゾロはラウンジのドアではなくサンジの前に立った。やはり今日の自分はおかしかったのだろうか。あんなふしだらな求め方に、愛想をつかされたのかもしれない。
「寝る」
「寝りゃいいだろうが。いつも勝手に寝てンだろ」
「てめェもだ」
「はァ!?」
「ハァじゃねェ。来い」
手を取られてラウンジの扉を開き、ずんずんと男部屋へと連行される。ゾロは毛布を乱暴に敷き、そこへサンジを抱き込んだまま横になった。
「こら、やめろって。こんなのおかしいだろうが」
「おかしかねェ。好いたモン同士が一緒に寝て何が悪ィ」
「す、好いたモンって……」
「そうだろうが」
「ま……そうだけどよ」
もぞもぞと居心地のいい場所を探すサンジを待ち、満足げなため息を聞いたところでゾロが再び口を開いた。
「今日、何があった」
「べ、別に何もねェよ。ただ気分がノっただけだ……けど」
「けど?」
「……その……ヤリすぎちまったか?」
メリーでの二人きりの空間に、普段なら絶対に出さない弱みを出してしまった。きっと、まだ薬が残っているのだ。
「いいや? てめェもヨくなってるのが分かったっつーか。……あー、なんつーか、安心した」
どこか言い澱むゾロの意図を前向きに解釈したサンジは「そっか」と笑った。
素晴らしい効果をもたらしてくれたあの老婆と小瓶に感謝しながら、サンジはいつもより幸せな眠りについた。
「主成分は花の蜜だよ。それにちょこっとだけ興奮剤が入ってるかな。何かの植物から採ったのかなぁ。あんまり見かけない物質だけど、別に身体に害はないよ。簡単に言えば栄養剤みたいな感じかな」
優秀な船医の見立てにゾロは「そうか」と渡された小瓶を腹巻へとしまった。
「それがどうかしたのか? ていうか、それもう飲んじゃったみたいだけど」
「ああ、おれじゃねェ。コックがな。街で買ったらしい」
「その花の香りは、リラックス効果が高いんだ。サンジも普段から働きすぎで疲れてるんだよ。ゾロもあんまり無理させちゃダメだぞ」
「おう」
説教など右から左へと通り抜ける。ゾロは甲板に出て昼寝スポットへと足を向けた。船尾ではルフィがつまみ食いの罰にサンジから手痛い仕置きを受けているが、今日は少し怒り方が優しい気がしないでもない。ごろりと寝そべり、数日前の街での出来事を思い出した。
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『お兄さん、さっきの人の連れだろう?』
ハニーブロンドを見つけて声を掛けようとしたところを、怪しげな老婆に引き留められた。無視してもよかったが、サンジが老婆から渡されていた小瓶も気になったので足を止めた。
『あいつに何を渡した。変なモンだったら女といえど容赦しねェ』
『まぁまぁ。そう熱くなりなさんな。あれはただの栄養剤みたいなもんさ。人は思い込みで黒にも白にもなれる。そこから先をどうするかは、パートナー次第だがね。』
『ガセを掴ませたってことか?』
『人聞きの悪いことを言わないでおくれ。マイルドな方を渡しただけさ。どうにもならなくなるのは、こっちの方さ』
差し出された紫色の小瓶を手に取り、コルクの蓋を取って匂いを嗅ぐ。花の香りがむわりと鼻腔に広がった。
『あんた、私の死んだ連れ合いと同じ目をしてるねェ。これはあんたにやるよ。ここ一番の時にこれを使うといい。あの兄ちゃんは、あんたの最高のパートナーになるさ』
『ああ、知ってる』
小瓶を上げて老婆に礼を示し、ゾロはサンジが曲がった角とは反対の方向へと進んだ。
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腹巻から出した紫色の小瓶を空に透かして眺める。あの程度の偽薬であれほどの効果をもたらしたのだ。「ホンモノ」を使えばどうなるのか興味はあったが、ゾロにはこんなものを使わなくてもサンジをヨくしてやる自信があった。
船の外へ向けて放り投げようと腕を上げたが、ふと思いとどまる。
「……使う予定はねェが、まぁ持っといても損はねェな」
人の悪い笑みを浮かべて小瓶を腹巻へと戻し、未来の大剣豪は惰眠を貪るべく瞳を閉じた。
(おわり)
------------------------------------------ タイトルは、プラシーボ(Placebo)の由来となった ラテン語の「I shallplease」(私は喜ばせるでしょう)より。
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