「終わったか?」
のそりとやってきた未来の大剣豪を、サンジは舌打ちをして出迎えた。
「おかげさんで。今日はカンバンだ。もう何も出ねェぞ。」
海賊は、酒が飲めればそれだけでご機嫌だ。その口実にはクルーの誕生日というのはうってつけであり、麦わらの一味もその例外ではない。我らがコックさんの誕生日だからと女性陣が作ったケーキを前に主役は感激のあまり咽び泣き、そのケーキに顔ごと突っ込んだルフィを全力で蹴り飛ばし、それを合図に一昼夜大騒ぎした宴もようやくお開きとなり、今日ぐらいは休んでという申し出は固辞して宴の賑やかさを少し惜しみながらサンジはキッチンの後片付けに勤しんでいた。ゾロはと言うと、たらふく酒を飲んで見張りの前の一眠りを堪能していたらしい。舌打ちは、一日中寝ている男がわざわざ見張りの前に寝る必要などないだろうというサンジの無言の抗議だ。
「そう固いこと言うな。酒くれ。器はあの切子だ」
「……んでそんなにエラそうなんだよ。クソマリモが」
悪態をつきながらも、サンジは棚の扉を開いて桐の箱を取り出した。旅を始めたころは「食えもしねェ食器に金を掛けるなんざどうにかしてる」と発言してサンジの怒りを買った男が、最近は時折ぐい飲みや皿を指定するようになっていた。藻類でも根気よく教えたら良さがわかるものなんだなとサンジは関心したが、このグラスはそれだけではない、特別な意味を持つ。
2年前と全く同じ輝きを放つ淡い藍色のグラスは、その存在感を雄弁に語っている。久しぶりに目にしたそのグラスに、サンジの頬も緩んだ。
「相変わらず綺麗だなァ」
「ああ」
ふちは淡い藍色だが、グラスの底は海へ続くような深い青色をしている。このグラスに魅入られた日のことを、サンジは昨日の事のように思い出した。
「よく無事だったもんだ。サニーを守ってくれたくまに感謝だな」
2年の空白の間にこの船を守ってくれていた人物の存在をフランキーから伝え聞いたときは信じられなかったが、サニーの外観はおろか、内装や設備、食器の1枚に至るまでほとんどが離れたときのままだった。もう半分諦めていたので、このグラスがそのままの状態だったのを見たときは、思わずグラスを押し抱いたぐらいだった。
「そうだな。これを買ってきた甲斐があるってもんだ。おら、開けてみろ」
ゾロの懐から突然出された箱を、サンジは戸惑いながら受け取った。切子のグラスと同じ桐の箱だが、グラスのそれよりも一回り大きい。ゾロから教わったように、箱の下を固定して上の蓋に手を掛けた。桐特有の気密性が開放され、中身が見えた瞬間、サンジは目を大きく見開いた。
「てめ……これ……」
そこに入っていたのは、切子のグラスと揃いの酒器だった。あの時手持ちの金がなくて諦めた、あの酒器だ。横には切子のグラスと全く同じものが布にくるまれていた。
「正直、おれもこの切子はサニーに残ってねェと思ってたからな。修行中にミホークに似たようなものがないかを聞いたら、希少だが有名な作家だから取り寄せればどうとでもなるって聞いてな」
あの鷹の目がどんな顔をしてそんな情報をゾロに伝えたのかも気になるが、なまじこの酒器の実物を見ているだけに、サンジはそれよりも気になることがあった。
「つーか……よ、これ、高かっただろ」
「あ~……安くはなかったから、ナミに借金した。どうせ一生かかっても返せねェ利子が付いてんだ。値段なんて今更だ。それよか、こいつらも一緒にいたほうがいいだろ」
さらりと物に情を込めるゾロに、サンジは言い知れぬ高揚感を感じた。ああ、だからおれはこの男から離れることが出来ないのだ。
「……てめェ、ほんとにバカだな」
「かもな。でもイイだろ?」
「ああ、最高だ。てめェにしちゃ、気の利いたプレゼントだ」
「つーわけで、酒くれ」
「何が"つーわけで"だ。てめェやっぱりバカだ」
耐え切れず破顔するサンジに、ゾロもにかっと白い歯を見せた。
ようやく揃った一つの酒器と一対のグラスは、誇らしげにラウンジのライトを照らし返していた。
(おわり)
-------------------------------------- サンちゃんお誕生日おめでとう!!
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