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執筆者の写真丘咲りうら

ひと雫の雨(エース×マルコ)


「だから観葉植物は嫌いなんだ」


 マルコは呻いた。


「水をやらなくても、世話をしなくても、ちっとも枯れやしない。さっさと諦めればいいのに、戯れに降ってくる一滴の水であっという間に息を吹き返す。何で死なない。何で、何で」


 震える声で頭を抱える年かさの男に、エースは穏やかに声を掛けた。


「こいつらは強いんだ。花を咲かせるわけでも、葉の色を変えるわけでもない。ただそこにいて、思うがままに生きてるんだよ。放っておいても勝手に伸びるけど、でも手を掛けてくれる人のことをちゃんと知ってる。植物は皆そうだけどさ。その中でも、その気持ちが特に強いんだと思う」

「勝手だ。人の気も知らないで」


 笑顔で別れを切り出したあいつも、人のテリトリーにずかずかと入り込むこの青年も、そしてそれを無下に出来ない自分も。


「おれさ、初めてあんたを見た時に、サッチと同じぐらいの年のあんたを放っておけないって思ったんだ。自分でも変だなァと思ったけど、でもその直感は当たってた」


 そうだ、あの出会いがなければ、こんな感情は持たずに済んだのに。


* * * * * * * * *


 暴力的な北風に背を曲げながら、久しぶりに街を闊歩する。口の悪い華道家の店に、見慣れない若者が立っていた。フローリストエプロンを着けてるので一応店員らしい。あの人間嫌いによく従業員が雇えたものだと関心するが、残念ながら店頭の彼では今回の目的にはそぐわない。


「いらっしゃいませ」


 こちらに気がついた店員が挨拶をする。彼が気付く前に踵を返さなかった事を若干後悔した。ハタチにはまだ手が届かないといったところだろうか。黒髪の癖っ毛が無造作に跳ね、頬にはそばかすが散っている。破天荒なあいつを少しだけ彷彿とさせる体躯にしくりと痛んだ心の傷を、ぐいと押し込めた。


「イゾウは留守かい?」

「イゾ……オーナーは、今生け込みに行ってて……。もうすぐ戻ると思うけど、おれでよければお伺いします」

「あー、じゃァまたあとで寄るよい」


 明らかに意気消沈をした若者には少し気の毒だが、先に別の用事をすませることにした。

 久しぶりの商店街は相変わらず古臭くて懐かしい。お節介な店主たちも相変わらずで、顔を出した先々で不精を咎められた。特に古書店の店主の説教は長く、仕事で国外へ出ていたのだから仕方がないと言っても「それ以前の問題だ」とさらに説教が増えた。そういえば人と話したのはいつぶりだろう。仕事さえあれば生きていける。そう、仕事があれば。

 再びイゾウの店へ向かうと、前方から目当ての店主が歩いて来た。おそらくあの若者から一報を受けたのだろう。


「やぁ。久しぶりだな」

「ああ」

「ビスタあたりに説教されたか? もううんざりだという顔をしてる」


 ずばりと言い当てるこの華道家も大概の毒舌家だ。


「たかが数ヶ月仕事で顔を出さなかったぐらいで、皆大げさだよい」

「それが傷心旅行を兼ねてなければ誰も心配なんかしないさ。それで、要件は?」

「事務所の観葉植物を一掃したい」


 留守中ずっと放っていたのに、枯れるどころかどんどん葉を増やしジャングルと化した事務所を見て、いっそ引き払おうかと思ったぐらいだ。


「なるほど。じゃぁうちの新人にやらせよう」

「あの若いやつか?」

「ああ。たまたま店の前を通りかかったところをスカウトした」


 自分のテリトリーに人の手が入ることを是としないこの男が従業員を雇うだけでも驚きなのに、仕事を任せるとは。店へ近づいたところで気配に気がついた「新人」がぱっとこちらを見た。


「エース、マルコだ。おれの旧い知り合いでね。事務所のグリーンを"一新"したいらしい。おまえに任せるよ」

「えっ!」

「最近、店のグリーンがご機嫌だ。おまえの手入れがいいんだろう。まずはヒアリングからだ」

「わかった! あのっ……!」


 勝手に変換した悪徳店主に文句を言おうとしたところで、くるっと向き直った新人と目があった。


「エースです。よろしく、マルコさん」


 差し出された手がおれの手を力強く握る。黒曜石のような深い色がまっすぐぶつかり、おれは言葉を失った。


* * * * * * * * *



「……マルコの心に、まだ他の人がいるのは知ってる。多分おれなんか到底敵わないような、すげェカッコイイ人なんだろうな」


 エースの言葉に、古傷が痛む。あいつはおれの感情を根こそぎ持って離れて行ってしまった。もう残っている物なんて何もないし、どうあがいても戻れないことを知っている以上、何も欲しくない。そう思っていたのに。


「死んじゃった人との思い出を超えるのって難しいけど、まだその人は生きてるんでしょ? だったら、ここから追い抜く自信はあるよ。うんといい男になるから、だからマルコ、おれともう一度恋をしてくれませんか?」


 太陽みたいな笑顔で、エースはそう言った。何を今更と笑えない自分が滑稽で、情けない。親子ほど年の離れたガキに、おれは何を求めようとしているのか。


 たった一滴の水が、おれを再び色がある世界へ引き戻そうとしていた。



(おわり)



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GLC12無配

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