「ニヤケ面のパイナップルってのも、なかなかにキモチワリィな」
幼馴染のイヤミもどこ吹く風と、マルコは聞き流した。サッチはそう言うが、傍目にはマルコの表情は一切ニヤけてなどいない。長年の付き合いが見せる幻影だ。
2人で心ゆくまで過ごした(主にベッドの中だったが)週末が開け、『グラディート』が定休日の月曜日の晩。エースはマルコと一緒にサッチの元を訪れた。定休日こそ設けてあるが、研究熱心な彼は大体毎日この厨房に立っているのだ。
「サッチ、ありがとな。サッチと『グラディート』がなかったら、おれ絶対このまま腐ってた」
全く飾り気のない笑顔で礼を言うエースの頭を、サッチはぐりぐりと撫で付けながらボヤいた。
「おれとしては責任を感じるがねぇ。せっかくスカウトした可愛いバイトが、こんなエロパイナップルの餌食になっちまうとはよ」
ちらりと諸悪の根源を見て皮肉を込める。それぐらいは許されるだろう。こちらだって散々振り回されているのだ。
「うるせェよい。本当はバイトなんざ辞めさせてずっと側に置いときてェぐらいだが、エースがこんなとこでも勉強になることがあるからバイトは続けたいって言ってんだ。オーナーとして変な虫がつかねェようにちゃんと見張っとけよい」
「こんなとこって、何気に失礼だな。そんなことしなくても、おまえ毎日来るじゃん。ていうか、いつからそんな過保護になったんだ」
「エースを最初に見たときからだよい」
「うわー。言い切った。知ってたけど言い切りやがった。露骨なおっさんは嫌われるぞ」
サッチの若干引き気味なひやかしに、マルコはバツが悪そうにタバコを灰皿へ押し付けた。
そう、魅入られたのは自分の方だったのだ。あの笑顔に、あの瞳に、年甲斐もなく惚れこみ、いい年をして諦めることが出来ず、結局なりふり構わず自分のものにした。
「なぁなぁサッチ。サッチこそどうなんだ?イゾウと付き合わねェの?」
エースが全く屈託のない笑顔でサッチに問いかける。
「あ!エースくん!今キミ、地雷踏んだ!地雷踏んだよ!」
「どうせ不発弾だろい」
「うるさいわね!」
「サッチさぁ、その感情が高ぶったらオネェ言葉になるのって、直したほうがいいんじゃねェ?」
「ほっといてよ!」
キャンキャンと喚くサッチを無視し、マルコは棚を飾るオブジェに目を移した。
もとはサッチのオーダー品だったが、彼の好みに合わなければ自分の家に飾ってもいいと初めて思った品だ。しかし彼は気に入り、そしてマルコはこのオブジェに魅入られたエースと運命的な出会いを果たした。
「この鳥ってさ、きっといつかは自分たちの居場所を見つけるんだと思うぜ」
マルコの視線の先を読み取ったエースの言葉に、マルコはああそうかと納得した。
エースの存在はまるできらきらと輝く太陽のようだ。しかしどんなに明るい太陽でも、光の後ろには影がある。マルコはそんな彼の後ろに隠れた弱さや脆さも、全てが愛しい。
マルコがエースを求めたように。エースがマルコを求めたように。
互いの光への憧憬が、自分たちを惹き合わせたのかもしれない。
オマージュ、か。
自分には勿体ないほどの恋人だが、手放す気などは微塵もない。
マルコは、これから始まるであろう新しい生活に期待を込めて、口は悪いが味は一流のオーナーのスペシャリテコーヒーを満足そうに口にした。
(おわり)
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