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執筆者の写真丘咲りうら

君の幸せ 彼の悦び (1/17)

「はっ!? 別れた!?」

 社員食堂でデカい声を出すリーゼントに、マルコは「うるせェよい」と視線で制した。

「ああ」 「喧嘩でもしたのか? そんな風には見えなかったが」 「そうじゃねぇ。何もかも捨てて"自分探しの旅"に出るんだとよい」 「ふ~ん。自分探し、ねぇ」

 同世代の同僚であるサッチは、そのフレーズに自分と同じ思いを抱いているだろう。この年になるとその行動に何の意味があるのか、考えるのもバカバカしくなる。

「で、おまえも捨てられたってか。そんなこと言われて素直に『はいそうですか』って応じたのか?」

 自分よりも未練がましく聞いてくるサッチの言葉を無視して、マルコは蕎麦を啜った。咀嚼する間も彼は不満げにマルコを見つめていた。

「……こんなおっさんに縋られても気持ち悪ィだけだろうが」 「だけどよォ、おまえ随分ハマってたろ。甲斐甲斐しく世話やいてさ」 「ハナから分かってたことだ。親子ほど年が離れた、しかも野郎同士がそんなに長続きするなんざ思ってなかったよい。それに、エースは元々ノーマルだ。3か月付き合ってはみたが、やっぱり女がいいんだろうよ」

 淡々と話すマルコに、サッチはため息をついた。この男の、意固地になるとトコトンな性格は昔からだ。こういう口調の時はあまり突っ込まないほうがいい。

「……ま、おまえがいいならいいけどな。残念会でもやるか? いい飲み屋を開拓したんだ」 「せっかくだが久々の一人を満喫したいから、しばらくは遠慮するよい」

 ずるずると汁を飲み干し用事が終わると、マルコはまだ喋りたそうなサッチを置いて席を立った。

 エースとの出会いは偶然が重なったものだった。仕事が早く終わったマルコがバーで飲んでいると、そこへ運送屋の配達でエースがやってきたのだ。まだ客のいない店を常連のマルコに任せて隣のスナックへ出前に行ったオーナーの代わりに荷物を受け取り、一言二言言葉を交わした。店のドアを開けてから彼は振り返り、こう言った。

『20時で上がりだから、またあとで来ます』

 いかにも手慣れたコミュニケーションの取り方だった。おっさんをからかうなとさっさと帰ればよかったのだが、結局マルコはその時間までだらだらとその店で過ごした。時計がもうすぐ21時をさすという時間に現れたエースはガチガチに緊張していた。

『よかったー! 変なヤツかと思われて、帰ってると思った』

 その笑顔に、もっていかれた。

 エースの恋愛対象は、それまでは全て女だった。全くのノーマルだった彼が何故マルコを射止めたのかは本人にも分からないらしく『何でか分かんないけど、マルコだって思ったんだ』と笑った。  付き合うまでにそう時間はかからなかった。もちろんセックスもした。男同士のセックスはエースには初めての経験で、マルコのレクチャーとリードで身体を繋げるようになった。初めは戸惑っていたエースもあっという間に快楽の虜になり、顔を合わせると必ずセックスした。  アルバイトを掛け持ちしているエースとマルコの休みが重なることは少なかったが、タイミングが合えば夜だけでもエースは会いに来た。ほとんど自炊をしないマルコの家に材料を持ち込みエースが作った食事を2人で囲む食卓は、いつでもふんわりとした温かい空気に包まれていた。このぬくもりがこれからずっと続けばいいと、密かに願った。

 だが願いは叶わなかった。たったの3ヶ月で、なかったことになった。

「……分かってたよい」

 彼の幸せが、自分の悦びなのだ。  それでエースが幸せになるのなら、自分は潔く身を引くべきだ。

 マルコは自販機から転がり落ちたコーヒーを手に取り、午後の勤務へと戻った。

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