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執筆者の写真丘咲りうら

銀の雫

瑞々しいとは言い難い肌に落ちた雫は、身体の線に沿ってシーツへと吸い込まれた。

 せっかく揺れない陸にいるのにベッドは悲鳴を上げて揺れ、清潔なふかふかの枕には快楽に蕩けたマルコの頭が埋まっている。限界まで抱え上げられた彼の腿は胸につき、足指は丸まり震えている。エースの左腕に甘い痛みが走った。マルコの短い爪が食い込んでいる。苦しさに耐えるためか、快楽のためなのか、出来れば後者であってほしいとエースは思った。

「マルコ……すっげ、キモチイイ」

 我ながら情けないぐらい上擦った声だったが、言葉にならない声をあげ続けるマルコにそんなことを指摘する余裕はないだろう。エースの声に呼応するように、彼を咥えこんでいる部分が締め付けを強める。その動きに、エースも低く喘いだ。目に滲む涙すら愛しくて、目じりに唇を落とした。

 今年の年明けも船上で迎えた。誕生日が嬉しいものだと感じるようになったのは、白ひげの家族になってからだ。年中誰かの誕生日のこの大所帯だが、エースの誕生日である元日は可愛い末っ子の誕生と新年の幕開けという二重の喜びで殊更賑やかな宴になる。今年も例に漏れず大騒ぎし、エースは家族に囲まれ、飲んで、歌って、騒いだ。  その宴から十数日後、白鯨は縄張りの小さな島に寄港した。前回の寄港は去年の秋だったので、久しぶりの陸の踏み心地に誰もが浮かれた。部下を優先的に降ろし、自分にあてがうことが出来た最後の2日間をどう過ごそうかと考えあぐねていたエースを、不死鳥が連れ出した。

「行くよい」

 数日間の逗留なら船を降りないこともある一番隊長の行動に、エースの脳内にクエスチョンマークが浮かぶ。それを見透かしたかのように、マルコが振り返った。

「おまえの誕生日祝いだ」 「え? だって、それはこないだやってくれたじゃん」

 2番隊隊長という肩書きを尊重して、普段はエースに対して「やや」大人の対応をする兄たちは、誕生日という最高の口実で可愛い末弟を存分に甘やかした。誰もが敬愛する父の膝の上は1日中エースの場所だったし、サッチはとっておきの肉を惜しげもなく焼いてくれた。顔は厳ついが心優しいジョズは全力でエースを抱擁し、その固さに危うく窒息させる所だった。演習になると鬼が裸足で逃げ出すほど容赦ないイゾウもエースにひたすら酒を勧め、共に呑んだ。そしてマルコは、滅多に乗せてくれない背にエースを乗せて飛び、大空をエースのものにしてくれた。  だからエースはとても満たされていた。満たされていると思っていた。マルコの言葉を聞くまでは。

「セックスはいらねぇのかよい」 「いる!!!!」

 食い気味に即答したエースに、不死鳥は口の端を上げ、笑った。

 肉も酒も親愛のハグも、家族は皆エースに与えてくれる。そのくすぐったさに戸惑いながらも、エースはそれらを受け取った。だがセックスは別だ。これだけは、マルコしか与えてくれない。そしてマルコに与えられるのもエースだけだ。  初めて身体を重ねたときは驚いた。あの逞しい身体で、あのオーラで、マルコは「おれはボトムしかやらねぇよい」と言い切ったのだ。しかしその動揺は一瞬で興奮にすり替わり、あっという間に組み敷いて唇を重ねていた。初めて踏み込んだ男同士のセックスは、言葉にできないほどヨかった。あまりの良さに「おれはホモだったのか」と考えたが、単にマルコとの相性がヨすぎるだけだった。  他の相手なんて要らない。セックスは、マルコとするから「イイ」のだ。

 若いエースは、セックス中に考え事をするような余裕は持ち合わせていない。尻の中で得る快感に浸るマルコ以上に、エースは快楽の波に揉まれていた。汗なのか何なのか分からない液体で湿ったマルコの腹に、エースの顎から再び雫が滴り落ちた。

「ああ……っ! マルコ!」

 形のいい尻にぐっとえくぼが生まれ、どくん、と中が波打った。その刺激に一滴もこぼすまいとマルコのアナルがさらに締め付け、苦しい体勢のまま仰け反り硬直する。申し訳程度にマルコのペニスが精を吐き出した。何しろ立て続けの4回戦だ。若いエースと違い、マルコのタンクの中は在庫が尽き掛けていた。  ゆるりと弛緩したアナルから半分ほど抜けたエースのペニスは、まだ若干の硬度を保っていた。しかしとりあえずは満足したようだ。へへっと笑ったエースの顎から、また雫が落ちた。

「……おまえ、何落としてんだよい」

 荒い息を吐きながら、マルコが唸る。自分の胸に落ちた雫が銀色の糸を引いていたのを、彼は見逃さなかった。

「えーっと……汗?」

 慌てて答えるエースが口元を肩で拭う。じゅる、っという音にマルコは確信した。

「さっきのは確実に汗じゃねぇよい」 「へへ、ごめん。ヨすぎて余裕がなくなっちまった」

 セックスの後とは思えない明るい笑顔でエースは謝り、手近にあったタオル地のバスローブを引き寄せてマルコの肌を拭いた。それから少し悩んで、そのままマルコの顔もそっと拭う。

「マルコ、ひでェ顔してる」

 そう、人のことは言えないぐらいマルコの顔は汚れていた。顔から出る物が全部出ている。さぞかしみっともないだろうが、それこそそんなことにかまけている余裕などなかった。優しく拭われるタオルの感触が気持ちいい。

「マルコ、すげぇ可愛い。食っちまいてェ」

 綺麗に拭いたマルコの顔を満足そうに眺め、感嘆を漏らすようにエースが囁く。

「もう食ったろい」 「足りねェ」

 首筋に齧り付くエースの黒髪をくしゃりと撫でる。親子ほども年の離れた若い男に自分をここまで明け渡す日が来ることなど、マルコは全く予想していなかった。もう自分のスタンスを変えられるような年ではないと思っていたのに、あっという間にこの男の手によって変えられてしまった。それがイヤかと言われれば、そうではないことにマルコは驚きを禁じ得ない。

「休憩させろい。おっさんは5連続なんて無理だよい」 「4回も5回も変わんねェって」 「若けりゃな」

 身体を捻ってエースに背を向ける。ずるり、と抜けたエースのペニスが不満げに震えた。すげなく断られているのにエースはそれでもすり寄り、ぴたりとマルコの背に自分の腹を密着させた。

「んじゃ、ちょっとだけ休憩な」

 程なくして聞こえてきた深い寝息にマルコは苦笑した。エースは、ある程度欲望を満たせばことりと寝てしまう。その欲望が性欲か食欲かは、大した差ではない。  しっかりと腹に回された腕に触れる。ほかほかと熱いそれは、じんわりとマルコの心を満たした。

「物好きなやつだよい」

 こんなおっさんがいいなんて、正気の沙汰とは思えない。しかし今更手放す気などさらさらない。欲しいものは力づくででも手に入れるのが海賊なのだから。

 穏やかなエースの寝息とは裏腹に、尻に当たるペニスは続きはまだかと強請っている。その硬さにマルコは(少しだけ眠らせてくれたら続きをしないでもないよい)と、密かに返事をして瞳を閉じた。

(おわり)

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