「何かしら?」
本日の業務を終えて執務室に戻ったたしぎは、見慣れない箱が机の上に置いてあることに気が付いた。
手のひらより少し大きめのそれは薄いベージュを基調としてパステルカラーの模様がちりばめられており、上品に掛けられた茶色のリボンには「Happy White Day」と印字されたカードが挟まれていた。
ホワイトデー……?
たしぎがこれを貰うようなことをした相手は直属の上司ただ1人だが、その上司はそんな気の利いたことをするタイプではない。現にその上司へ贈られたバレンタインチョコへのお返しは部下であるたしぎが全て手配し、それを先ほど配り終えてきたばかりだ。もちろん自分の分など、頭数に入れていない。
……スモーカーさんかしら?
そんなはずはないと思いながらも、先ほどからその箱の周りをふわふわと回っている白い煙に、そう考えざるを得なかった。上司はどこ取っても堅物であるが、その分身ともいえる彼の煙は時折ユーモラスにその感情を表現する。
やがて煙の動きが変わり、「早く箱を開けろ」と急かすように揺らめいた。「本体」もこれぐらい分かりやすいと面白いのに、と一瞬思ったが、それはそれで不気味なのでやっぱり素直なのはこのカタチだけでいいわと思い直し、たしぎは箱へと向き合った。
「開けてもいいの?」
まるで人に話しかけるように問いかけると、煙はふわりと広がり、箱の周りをスモークのようにかたどった。とてもじゃないがスモーカーからは想像できない演出にたしぎはくすくすと笑った。
「そう? じゃぁ開けさせてもらうわね」
たしぎは煙にそう返事をして茶色いリボンをほどいてそっと箱を開いた。しかし 若草色の紙パッキンに優しく囲まれていたのはこの箱にふさわしい菓子などではなく、2人の小さな人影だった。どちらも顔は見えないが、たしぎにはいやというほど見覚えのあるその姿だ。辛うじてシーツのようなものをかぶっているが、明らかに衣服は身に着けていない。箱の周りをうろうろとしていた煙が待っていましたとばかりに箱の中で眠る白髪の男の元へと滑り込み、音もなく消えた。その見えない気配に彼の横で寝息を立てていた黒髪の男がハシバミ色の瞳を開け、たしぎを見つめる。そして全く動じることもなくその手を動かし、彼にしかできない独特な空間を作り上げた。
『ROOM』
ブン……と小さな音とともに箱の中が奇妙な空間に包まれ、黒髪の男が再びたしぎを見て不敵に笑う。その口が、小さく動いた。
『シャンブルズ』
その瞬間2人の姿は消え、箱の中身はその外見にふさわしい可愛らしい焼き菓子へと姿を変えた。
「……疲れているんだわ」
たしぎは手にしていた箱のふたをそっと元に戻し、ため息をついた。せっかくのプレゼントだが、とてもじゃないが再び開ける気にはなれなかった。そう言えば最近は大掛かりな討伐が相次いだせいで事後処理などの厄介な仕事も増えており、ろくろく休めていなかった。きっと疲れているのだ。そうに違いない。
イヤになったら……いつでもいらっしゃい。
ふと脳裏に、美しい上官の言葉が響いた。確か彼女も明日は非番のはずだ。たしぎは手早く机の上を片付けると、彼女のホットラインへアクセスするべく受話器を手に取った。
(おわり)
---------------------------------- ヒナさんに、身も心も癒し貰ってください← スモさんお誕生日おめでとう!
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