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執筆者の写真丘咲りうら

人の心を掴むには

「お、来たな」

 宴の後のキッチンに呼び出されたイゾウは、カウンターから聞こえる声にため息をついた。

「今日の主役が何やってんだ」 「もうおれは散々祝ってもらったからいいっての」

 リーゼント姿のコックが、ヒヒっと笑った。

 寒の戻りが厳しいこの日、モビー・ディック号では四番隊隊長の生誕を祝う宴が繰り広げられていた。宴となると率先して厨房を取り仕切っては数々の馳走を作り、甲板で振舞って場を盛り上げるという役に徹しているサッチだが、「主役がメシ作ってどうするんですかい」と部下にどやされ、今日は一日ニューゲートの横から動くことを許されなかった。それが不満なのかというとそうではないようで、父と酒を酌み交わし、次々と祝いを言いに来る家族に丁寧に礼を言い、「たまにはいいもんだなァ」と笑っていた。そのいい気分のままで眠ればいいのに、この男は結局キッチンに立っている。

「今日は厨房に立ち入り禁止じゃなかったのか?」 「じきに日付も変わる。もう誰も気にしちゃいないさ」

 カウンターに座ったイゾウに茶を出し、サッチは再び鍋を覗き込む。大家族の胃袋をまかなうには程遠い小さい鍋で、何かがコトコトと煮えていた。

 誕生日に欲しいものがある、とイゾウがサッチに持ち掛けられたのは数日前のことだ。陸は遠く、とてもじゃないがプレゼントなど用意できない。そもそも彼にプレゼントを強請られるような間柄ではないのだが、変なところで強引なサッチは勝手に決めてしまったのだ。

「料理を作らせろ」

 確かにサッチはコックでもあるが、それ以前に四番隊隊長という立派な肩書きがある。もちろんモビーにはコックだってたくさん乗っているし、彼が料理をしないといけない理由は全くない。それでも料理人の性なのか、彼は時折家族を捕まえては手料理を振るまっている。腕前は折り紙付きなので、声を掛けられた者は皆喜んで食べる。だから「試食人」は別に自分でなくてもいいだろうとイゾウは思っているのだが、ここにはサッチのある思惑があった。  ふんふんと上機嫌で鍋の様子を見るサッチの後ろ姿を見る。髪形は奇妙だが、顔立ちはよく見れば男前だし、剣の腕は隊長の名にふさわしいそれだ。部下からの信頼も厚い。口も達者なので、陸に降りれば軽妙なトークから、ギリギリの駆け引きまでを難なくこなす。詳しくは知らないが、女にもさぞかしモテるだろう。

 そんな彼に、イゾウは口説かれている真っ最中だ。

 海賊なんて稼業をしているので性癖などを気にしても仕方ない。しかしターゲットになってしまったイゾウからすれば、一体自分のどこがいいのかがさっぱり分からない。サッチを陽とするならば、自分は思い切り陰だし、何もかも正反対と言っていい。しかし彼は真っ向勝負で「おまえさんを口説く」と宣言しているのだ。

 サッチが好みかと言われれば、そうではない。イゾウとて自分の性癖は自覚してるが、誰でもいい訳ではない。ましてや家族とそのような間柄になるなど、彼の選択肢には存在しない。そのあたりを含めて何度かサッチにも話をしたが、彼は「そっかァ。でもおれはおまえさんがいい」と屈託なく笑って毎回ふりだしに戻る。  決して強引ではない。少しでも難色を示せばすっと引く。だが相手が引いた隙をついてぐっと押す。ヘラヘラ笑っているように見えて、彼は実に巧妙だった。イゾウもはっきりノーと言えばいいのだろうが、そうとも言い切れない感情が自分の中にあるのも自覚しているので、何となくズルズルと淡い駆け引きが続いていた。そこで今回のプレゼントのおねだりだ。イゾウが多少の警戒心を持ってしまうのは仕方がないことだろう。

「何作ってンだ?」 「ん~? 出来てからのお楽しみだ」 「重たいモンは食えねェぞ。甘ェのも」 「ヒヒっ。わァってるって」

 食事の量は人並みのイゾウだ。先ほどまで散々飲み食いしていたので、胃袋のキャパシティはあまりない。それでも予告をされていたので多少は食べられるが、ここで肉の丸焼きを出されても困るのが正直なところだ。これまでにも何度か手料理を振るまってもらったことがあったので、好みを熟知しているサッチがそんなことをするとは思えないが。

「よォし。出来た」

 小さな小さな鍋がテーブルに置かれた。中をのぞき込むと、眩い白さを放つリゾットらしきものが入っている。一瞥し、イゾウが柳眉を顰めた。

「ミルク粥か」

 あからさまに不機嫌になった声音に、サッチが笑った。

「ばァか。おまえさんがリゾット嫌いなのは知ってるっつーの。ミルクリゾットもうまいってのになァ」

 ワノ国育ちのイゾウからすれば、コメとミルクを足すなど言語道断なことらしい。贅沢は言わないが、その二つを合わせる意味が分からないとサッチに意見をしたことは記憶に新しい。

「これは、どっちかっつーとリゾットじゃなくてカユだ。ちィと変わってるがな」

 サッチの言葉に再び鍋を見てみる。粥なら大好物だ。炊かれたコメの中に、鶏らしき肉が所々に入っている。黄金のオイルが数滴落とされ、ふぅわりと良い香りがした。

「ジンジャーと…ごまの油か?」 「ご名答。さすがだな」

 食事に頓着のないイゾウだが、味覚は繊細だ。だからこそ、嫌いなものもはっきりとしている。この鍋の中に、彼の嫌いなものは入っていなさそうだ。 「いただきます」と頭を下げ、スプーンを手に取る。そっと掬ったそれが早く食べてくれと言わんばかりに輝き、イゾウはそれに誘われるように口に入れた。

「……うまい」

 小さい声に、サッチが嬉しそうに笑う。

「結構手間かけてんの。コメも普通のコメじゃないんだぜ?」

 サッチの言葉を無視して食べていたイゾウだったが、鶏肉を口にした途端、切れ長の瞳が一瞬見開いた。思わず見てしまったサッチの「……だろ?」という得意げな表情が癪に障る。  素晴らしい味だ。口に含むとほろりとほどけ、肉のうまみがじわりと口腔に広がる。思わず唸ってしまったイゾウに、サッチが笑った。

「不思議だよなァ。長いこと炊いたのに、全然固くならねェの。コメとの相性がいいんだろうなァ」

 もう食べれないと思っていたのに、イゾウは結局出された分をすべて平らげた。時間帯を考え、この料理にしたのだろう。見ていないようで見ているこの心遣いが、何というか憎たらしく思ってしまう今日この頃だ。

「ごっそさん」 「はいよ」

 食器を下げて洗うリーゼントが、ひょいとこちらを向いた。

「……そろそろ惚れたか?」 「バカ言ってンじゃねェよ」

 そうだ。こういうところが狡いのだ。人の心を緩めておいて、するりと入り込む。この狡猾さが時に憎くなる。だからイゾウは、文句の一つでもつけたくなった。

「コメの配分が悪いな」 「へ?」 「全部モチ米で作っただろう。食感は面白いが、全部モチだと苦みが出る。普通の米と半々ってとこだな」 「……おまえさんにゃ、敵わねェなァ」

 目元の傷を掻き、サッチが笑った。勉強熱心な彼は、ワノ国の食材も積極的に取り入れている。知らない食材はイゾウを初めとするワノ国出身の者に聞いて、徐々にレパートリーを増やしているのだ。だからこういうアドバイスは、ありがたいと素直に聞き入れる。

「よっし。じゃァ次はそうすっか」

 片付け終えて手を拭いたサッチが笑った。

「次の上陸で」 「ん?」

 独り言のつもりだったのに、耳ざとい彼には聞こえてしまったようだ。

「次の上陸で、一日付き合ってやるよ」 「え? マジ? それってデートってこと?」

 ぱぁああっと、傍目に見てもサッチの瞳が輝くのが伺える。

「勘違いするな。恩でも恨みでも、貰ったモンはきっちり返さねェと気が済まないタチなだけだ」 「マジかー! やったぜ! 食わしてみるモンだなぁあ!」 「下心かよ」 「当たり前だ。胃袋を掴んだら強いんだぜ」

 おれ、コックやっててよかったーと笑うサッチに、イゾウはとうとう苦笑した。おかしな趣向の人間もいたものだと思う反面、たまにはこちらも趣向を変えてみてもいいかもしれないと考えてしまった自分にだ。  しかし焦りは禁物だ。どんな状況でも、駆け引きというのは相手の一枚上をいかねばならないのだから。

(おわり)

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サッチ、お誕生日おめでとう!!

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