穏やかな寝息を聞きながら飲む酒は、いつも以上にちりちりと舌を焼く気がした。
逢瀬とも呼べない夜は、これで7度目だ。初めは2か月おきぐらいだったのが、彼の繁忙期を抜けると同時に1ヶ月おきになっていた。
広いベッドに一人で眠るマルコに視線を送る。すぅすぅと規則正しく吐き出される吐息は、彼が安定した眠りの中にいる証拠だ。
あの晩―シャンクスは、強引にマルコを抱いた。ああでもしなければ彼は救えなかった。
シャンクスは、マルコの初めての「男」だった。シャンクスはマルコの全てだったし、その要求に彼も出来る限り応えていた。しかしそんなままごとのような恋愛がいつまでも続くわけがない。互いに仕事が忙しくなり、すれ違いが増え、耐え切れなくなったマルコから別れを切り出された。本心ではなかったと思う。しかしシャンクスは反論せず、受け入れた。もう何年も前の話だ。
恋人と言う関係は切れても、仕事上での関係は簡単に切ることは出来ない。「取引先の相手」と割り切るのに一定の時間を要したのは仕方ないことだった。
やがてマルコに、年下の若い恋人ができた。同じ轍は踏むまいと用心していただろうが、結局これまで以上に嵌っていたようだ。そうでもなければ、今の自分にお鉢が回ってくることなどなかった。
鳴らされるワンコールは、マルコからのSOS。彼とて不本意だろうが、どうにもならなくなった時に爪の先ほどでも自分を頼ってくれているという事実だけが支えだった。それでも、これぐらいしか出来ない自分が歯がゆい。
メール着信を知らせるライトが光っていた。右腕からのメールを確認する。薄まったウイスキーを煽り、グラスをテーブルに置く。カランと鳴る氷の音が、滑稽な奴だと笑った気がした。
マルコと共に朝まで過ごすことは少ない。朝になればどちらかがいないということもよくあったし、別にそれをどうこう言う間柄でもない。
帰るか。そう決めて立ち上がった時、視線を感じた。静かに歩み寄る。
「どうした。眠れないか?」
鼻から下は全て布団の中に隠されているマルコの瞳が、シャンクスを見つめていた。
「……枕がねぇよい」
彼の頭の下にはふかふかのそれが敷かれているが、マルコの意を汲み取ったシャンクスはバスローブを脱ぎ、ベッドへ上がった。するとマルコはシャンクスの胸元へと身体を滑り込ませしっかりと抱き付き、満足そうに息を吐くとそのまま眠りに落ちた。
「……ー、ス」
微かな声に、さすがのシャンクスもため息を零す。
「……損な役回りだ」
やることはやっているし、こちらも欲望は満たしているので大きい声では言えないが、それでもシャンクスは思った。いくら身体を繋いでも、全裸で抱き合って眠りについても、この男の心はここにはいない。結局、惚れてしまったほうが負けなのだ。シャンクスにしても、マルコにしても。
メールにあった、数日後に入った面接について思考を巡らせる。骨のある奴は、瞳を見ればわかる。それがシャンクスの持論で、今までその勘が外れたことはなかった。仕事に私情は挟まない。必要がなければ完膚なきまでに叩きのめすまでだ。しかし―
"そうじゃなかった時"の方が、厄介だよなァ。
ふっと笑い、想い人の背を抱き寄せた。
こういう勘も外さない。「相応しい」かどうか、お手並み拝見といこうではないか。
「……」
マルコのこめかみにキスを一つ落とし、彼にしか聞こえない声で囁いた。
(おわり)
------------------------------------------ マスオさん、お誕生日おめでとうございます!
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