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執筆者の写真丘咲りうら

ももいろ不死鳥(9/9) (エース×マルコ)

 正直なところ、エースにはマルコが何を言っているのか理解できていなかった。分かるのは、自分に対する罵倒だけだ。いつだってマルコは明確な答えは口にせず、自分で探せと言わんばかりに口を閉ざしてしまう。だからエースは、今も彼が何かの答えを導くのではと真っ直ぐマルコを見つめた。  それを待っていたかのように、マルコに変化が訪れた。青い光の粒が彼のシルエットをなぞるようにちりちりと零れ、やがてその中にピンク色のきらめきが混ざりあい、白く輝いた次の瞬間、マルコは不死鳥に変化した。燃えるような青い炎の中に、いつもの彼の姿にはない桃色の光の粒がちりばめられていた。

「おれがどれだけ抑えてるかなんて、おまえは考えたこともねェだろい」

 艶めかしい色で、ソファに鎮座した不死鳥が嘯いた。

「……すげェ」

 見たことがない姿にエースは目を見開き、感嘆の声を漏らした。青でもなく、赤でもない。だが決して紫に染まらないその色は、いつにも増して幻想的だった。

「おまえに、この姿を見せることになるとは思ってなかったよい」 「……すげェきれいだ。マルコ」

 子供のように瞳を輝かせる青年に、不死鳥は笑んだ。マルコが自らこの「情」を出すのは初めてのことだった。内面からはじけるように出るそれとは違い、理性が残っている。それがどれほど楽なのかというのを、彼もまた今初めて知ったのだ。  自ら炎の中に飛び込み、その灰の中から復活する不死鳥に添い遂げる相手など要らない。だが不死鳥と人間の両面を持つこの男には必要な存在だと「本能」が告げた。不器用さゆえに乗り越えられない壁を乗り越える相手として、不死鳥が『彼』を選んだ。  やっかいな能力だと思っても仕方がない。悪魔の実を口にしたその日から、この忌まわしい力に振り回されることは覚悟していたではないか。その結果彼がここに居るのであれば、それも受け入れなければならない。それが運命なのだから。

「この姿をおまえが受け入れられるなら、好きにしろい」

 恐る恐る近づいてきたエースが、羽根に触れる。すると光の粒が、当たり前のようにエースの手に吸い込まれた。わずかに驚いた不死鳥に、エースが怯んだ。

「どうした? 痛かった?」 「いや……これが消えるのは初めて見たんだよい。いつもは触れるとゴムボールみたいに弾いて戻ってきてたからねい」

 その反動が強まるほどにマルコの劣情は募り、どうしようもなかった。ところがどうだろう。粒がエースに吸い込まれる度にどこか穏やかになり、身体が楽になった。  シャンクスはおろか、マルコですら見たことがない現象にエースだけが気づかず、「へへっ」と子供のように笑った。

「じゃぁ、おれだけが見れるマルコだ」

 膝をついてその身を抱き締め、エースがうっとりと囁く。彼の心をどれほど満たしているかを、マルコは推し測ることが出来なかった。聡明な不死鳥の思考を凌駕するほどに、その事実は深く彼の中に染み込んだ。  やがて桃色の輝きが全てエースに吸い込まれたのち、マルコの獣化は静かに解かれた。抱き締めていた柔らかなぬくもりが鍛え上げられた肉体に変わったことに青年は戸惑い、顔を上げた。

「あ~……えっと……」

 マルコの穏やかな表情を見て、エースは黙ってしまった。発情の印らしい桃色の粒は消えてしまったので、彼はもうその気ではないかもしれない。しかしエースは、その目の色に情欲を覚えていた。

 この男が、欲しい。

 ―――おまえは、マルコを抱けるか?

 シャンクスの問いかけがリフレインする。みっともなく生唾を飲んだ音は、確実にマルコに聞かれただろう。

「おまえがイヤなら、このまま寝るよい」 「……マルコ、は?」 「ここまで来たら、ヤることはひとつだろい」

 艶やかな声が、全てを語っていた。

 身体を繋ぐのは、容易ではなかった。エースの若さ故の暴走と、稚拙さと、焦りが行く手を阻み、思うように進まない。それでもどうにかしてようやく身を埋めたときには、カーテン越しから白んだ空が覗いていた。

「マルコ、ごめん。おれ……」

 汗ばんだ額から、ほとりと雫が落ちる。これ以上暴発すまいと必死に耐えるその顔すらも愛おしく、マルコは笑った。

「長い付き合いになるよい」 「……うん」

 ゆったりと広げられた腕を、背中に導く。溶けてなくなりそうな温もりに、エースは泣いた。

「何で出さないんだよ!」

 うららかな春の日差しが降り注ぐ甲板で、末っ子は兄に詰め寄っていた。何だ何だと寄ってきたリーゼントの野次馬が割って入る。

「朝っぱらから元気だなァ。どうしたんだ?」 「マルコが発情しないんだ」 「はァ!?!?!?」 「ふふ。朝からいい話題だな」

 こう見えて下世話な話が大好きな16番隊隊長が笑い、ふわりとあくびをした。

「毎晩毎晩おまえに付き合わされて、そんな気分になるわけねェだろうよい」 「いっつもおれからじゃないか!」 「おっさんはそんなにサカらねェんだよい。別に出し惜しみをしてるわけじゃない。アレを見たけりゃ、おまえがしばらく我慢するんだねい」

 飄々と言い放つ年上の恋人に、エースは黙った。しばらくとはどれぐらいだろう。忌々しいが、シャンクスの言葉を反芻した。

「……年に数回とか無理だし!! マルコ枯れてんじゃねェの!?」 「いっそ枯れたら楽だろうねい」 「あ、ダメ。それはダメ」 「あの~……」

 首を突っ込んだまま引くに引けなくなった4番隊隊長が、おずおずと声を上げた。

「そういう話題は、部屋で2人の時にやってくれませんかね。出来れば夜に」 「うるせぇよい。勝手に聞いてきたおまえが悪いんだろい」 「そうだよ。何勝手に首突っ込んでんだよ、バカサッチ」

 全く非のないサッチが次々と罵声を浴びらせられる様に、イゾウは声を上げて笑った。寝起きの彼は大抵機嫌が悪いが、今日は可愛い末っ子のおかげでよい1日を過ごせそうだ。

「なぁなぁ! またアレ見せてくれよ!すげー綺麗だったんだぜ?」

 振り払われながらもしつこく纏わりついてマルコを追いかけるエースを見送り、サッチはため息をついた。バッチリ決めたはずのリーゼントも、不意の攻撃で少々しおれた気がする。

「くっついても騒々しいやつらだな」 「サヤに収まっているならいいことじゃないか」 「おれだけ貧乏くじを引いた気分だぜ」 「おれが相手だと不服か?」 「とんでもない。身に余る光栄デスよ」 「ふふ。それはどうも」

 相変わらず自分に絶対の自信を持つイゾウに、サッチは「ところで」と話題を変えた。

「エースのやつ、何を見たがってんだろうな」 「さァね。きっとおれたちは目にすることが出来ない、特別な何かだろうよ」 「あいつはモノに執着しないが、時々、とんでもないお宝を手にするからな」 「だからこそだろう。欲しいものは何としてでも手に入れる。実に海賊らしくていいじゃないか」 「……だな」

 視界良好。進路オールクリア。  若き隊長が手にした至宝は、どの青よりも華やかに煌めいていた。

(おわり)

--------------------------------- めでたく完結です。 ありがとうございました!

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