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執筆者の写真丘咲りうら

ももいろ不死鳥(8/9) (エース×マルコ)

「エースから離れろい」

 見たことがない表情で、マルコがシャンクスを睨みつけている。喜怒哀楽をあまり出さない上に「怒」の部分は内に特に秘めるタイプのマルコの剣幕に、エースはまるで自分がその対象になっている気がして大層ビビった。

「あ~。もう来ちまったか。あと3分ぐらい待ってくれりゃァよかったのに~」 「3分も待ってたら、エースが使い物にならなくなっちまうだろうよい」

 たった3分後に自分がどうなっていたのか、エースは恐ろしくて想像することが出来なかった。 のしかかっていた重みがふっと消え、くしゃりと髪を撫でられる。その手には先ほどの邪さは微塵も感じられなかったが、マルコにすげなく「どけよい」と蹴飛ばされた。

「マ、マルコ」 「エース、大丈夫かい?」 「うん。ちょっと覇気にやられたけど」 「ガキ相手に覇王色の覇気を使って押し倒すなんて、こいつは頭がおかしいんだよい」 「ガキじゃねぇよ!」 「おいおい。そんなに褒めてくれるな」

 わははと笑うシャンクスに、マルコがこれ以上ない冷たい視線を送る。だがもちろん、そんなもので怯むような四皇ではない。

「エースは返してもらうよい」 「残念だな~。一緒に楽しめるかと思ったのに」 「させるかよい」

 まだ思うように動けないエースを肩にひょいと抱え、マルコはすたすたとドアがあった場所へ進んだ。肩の後ろから聞こえる「マルコ! 離せって! 歩けるから!」という声は聞こえないらしい。

「マルコ」

 その声に不死鳥は足を止め、振り向いた。誰もいなくなったベッドに腰かけ、面はゆそうにシャンクスが笑んでいる。

「おれの勘だと、エースなら『大丈夫』だ」

 静かで力強い声音に、マルコはわずかに頷いた。破天荒で奔放な男だが、彼なりに自分の案じてくれているのは分かっていた。だがそれを素直に受け取れる性格でも年でもないし、シャンクスだってそんなことは望んでいない。

「一応、礼を言うよい」 「物足りなかったら、いつでも戻ってこい」 「余計なお世話だよい。……ああ、ドアの修理は、おれから経緯を説明して頼んでおくよい。おまえの副官にな」 「うわ! それはマジでカンベン!!」

 青ざめて狼狽える天下の四皇の声を背に、不死鳥は炎を抱えたまま軽やかに去っていった。彼があとでどれほど有能な副官に怒られようが、知ったことではない。

「いっでぇえええ!!!」

 部屋の床に叩きつけられ、エースは受け身を取る間もなくしたたかに身体を打ち付けた。通されたのは恐らくマルコが取っている宿だ。普段の彼の部屋よりも愛想があるのが何と言えない。

「単独で赤髪の部屋に行くだなんて、おまえには警戒心ってものがないのかい」 「ちょっと油断しただけじゃねェかよ」 「そのちょっとの油断が命取りになることを、まさか理解してないとは言わないだろうねい」

 冷たい兄の視線に、末っ子はぐっと言葉を詰まらせた。マルコの言う通りだ。陸の上だったから犯される寸前で済んだが、ここがもし海の上ならば今頃エースは殺されていてもおかしくない。

「……悪かったよ」

 自分に非があれば、言い訳をせずに素直に謝るのはエースの美点だ。首を垂れる弟に、マルコはため息をついた。

「おまえの無鉄砲ぶりに振り回されるのは、せめてモビーの上だけにしてもらいたいねい」

 兄の小言を黙って聞く弟の顔には「納得がいかない」と書いてある。しばらく沈黙を貫いたが彼の視線は揺るがなかった。

「サッチが喋ったらしいねい。まったく。あいつも500回ぐらい蹴り殺してやるよい」 「シャンクスも言ってた。でもそれは、マルコが、……その、発情した時だけだって」 「……やれやれ。口元の緩い海賊ばかりでイヤになる」

 どさりとソファに腰を下ろし、マルコがため息をつく。

「これで分かったろい。おれはおまえが思っているようなイイ男じゃないんだ。おれに変な幻想を持つのはそろそろ終いにしろよい」

 追われる側のマルコだって、エースが嫌いなわけではない。家族とか、兄弟とか、仲間とか、そういう枠を越えたいのはむしろマルコの方だ。人の目がなければ膝の上に乗せてしまいそうな可愛い末っ子の願いなら何でも聞いてやりたかったし、本心は彼の傍に一番近い存在でいたかった。彼の人柄に、力に、誰よりも惚れこんでいるという自負はあった。だが、惚れているからこそ越えてはならない一線があることも、年を重ねた年長者は理解していた。だから、親子ほど年の離れた未来ある青年を自分のわがままに付き合わせるわけにはいかないと心を殺した。かけ離れた理想と現実に彼が打ちのめされる前に離れるべきだと。

 立ち上がったエースの視線が、真っ直ぐに自分を見下ろしている。そんな目で見ないでくれという懇願は、年長者の意地で飲みこんだ。

「何で、あんな聞き方したんだよ」 「何がだい」 「セックス出来るか、って」 「それはもう、答えが出たろい」 「おれはあんたに抱かれると思ってたんだ。でもどうやってもそれが想像できなくて、そんで無理だって思った。けどあんたをおれが抱くなら、出来る、気がする」 「女の代わりにかい?」

 エースが怯んだのは、投げつけられた言葉にではない。自分で言っておきながら誰よりも傷ついているマルコの顔を見てしまったからだ。

「……何であんたが傷ついた顔すんだよ」 「別に傷ついちゃいねェよい」

 それ以上喋ろうとしないマルコをじっと見つめ、エースは再び口を開いた。

「マルコは、臆病だ」 「分かったような口をきくねい」 「だってそうだろ。肝心な部分は言わずに『セックス出来るのか』なんて聞き方をして、おれが『出来ない』って言ったらそのまま逃げようとした」 「逃げてねェよい」 「逃げてるよ。海の上だとあんなに勇敢で冷徹なマルコがガキの言葉一つに身を引くなんて、おれには逃げてるようにしか見えねェ」 「ガキが」 「うん。あんたやシャンクスやサッチに比べたらおれはガキだ。でもそのガキから逃げようとしているあんたは何なんだ。確かに綺麗ごとばっかりじゃないと思うし、ダメになるかもしれない。これからどうなるかなんて誰にも分からないよ。でもおれは、やる前から諦めるのはイヤだ。2人のことを、おれの気持ちを無視して勝手に決めないでくれ。おれはマルコと一緒にいたい」

 海賊というのは強情な人間の集まりだ。白ひげ海賊団の隊長を務める人間なんてある意味強情の塊なわけで、そう簡単に折れないし折れるわけにもいかない。年長者の意地と若者の意地がせめぎあう。若いというのは何と無鉄砲で愚かで、向こう見ずなのだろう。  芯の強さで若造に負けるわけにはいかなかったが、結局のところ、マルコはエースに甘かった。

 不死鳥の「発情」は、マルコにとって忌々しいものでしかなかった。だが本能には逆らえず、時折感情が爆ぜたようにその欲望が露わになる。最初にそれが出たときはまだ幼く、コントロール出来ない感情に怯え、泣きながら義父の部屋に入り夜通し抱き締めてもらい、自分の身体に他人にはない変化があることを知った。義父はそんなマルコを救おうとあれこれ手だてを考えてくれたが、幻獣種という特殊性がネックとなり、解決法を見つけることはできなかった。そんな折に所用でモビーを訪れたシャンクスにマルコが「反応」したのだ。  ニューゲートにとっても苦渋の決断だったが、シャンクスの人となりを信頼し、マルコを託した。やがてマルコも大人となり、自己の判断は出来るようになったが、この現象だけはコントロールが出来なかった。人間として欲望を解放させていたらここまで拗らせることはない。他の海賊と同じように上陸ごとに花街へ繰り出していればここまで欲望を抑えつけることはなかったのだが、ストイックすぎる彼は色事に関心を示さなかった。結局溜めに溜めた欲望が爆ぜるまで放置することが多く、そのたびに奥歯を噛み締め、差し伸べられるシャンクスの手を取っていた。それがどれほど屈辱的で、だがどれほど救われたかは、マルコしか知らない。  シャンクスに対しての情愛は皆無だ。向こうが好意を抱いているのは知っていたが、彼は敵だ。一時期は恋愛とセックスが同一であるという思い込みから彼に特別な感情を抱いていたが、欲望さえ解消されれば綺麗に消えるその情は幻だと悟った。

 だが、エースは違った。どうにかして手に入れたいと思った初めての相手だ。彼を見た瞬間から、その感情はマルコの胸の内で燻っていた。しかし、本能に素直に従うには年を取りすぎていたし、エースは若すぎた。だから今までそれに気づかないふりをしてやり過ごしていたが、魂を結ぶ相手というのは、どれだけ否定して逃げようと遠回りしようと、いつかは惹きあう運命なのかもしれない。

「……だから、ガキは嫌いなんだよい」 「マルコ……」 「人の気も知らねェで、バカで、考えなしで、そのくせ自分の考えばっかり押しつけやがって」

 ふわり、と、風もないのにマルコの金糸が揺らめいた。

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