「やっと終わったよい」
エースを見送った流れでそのまま飲んでいるイゾウとサッチの元に、仕事を終えたマルコ(『休暇』という意味を、このワーカーホリックは理解しようとしない)がやってきたのは、もう酒場ぐらいしか開いていない時間だった。酒を飲ませる店など星の数ほどあるというのに、いとも簡単に居場所を突き止められてしまう。まったく隊長というのは勘が冴えてダメだよなァとサッチは毒づいた。人のことは言えないが。
「まァ座れ。とりあえず飲め」
言われるがままに腰かけたものの、仕事終わりの一杯を煽る間に浴びせられる腐れ縁の冷たい視線に、マルコが物申した。
「何だい」
「最近、おカラダの方は大丈夫なんデスカ?」
「あ? ああ、まァねい」
「不死鳥も大変だな」
「しょうがないよい」
淡々と返すマルコに、サッチが「あーあ!」と声を張り上げた。
「機嫌が悪いねい。欲求不満かい」
「まさか。不自由はさせてないさ」
聞かれてもないことをさらりと答えるイゾウをぎっと睨み、サッチは続けた。
「おまえさ、エースのこと、どうするつもりなワケ?」
「エース? どうもこうもしねェよい」
「おまえだって、あいつの事を憎からず思ってんだろ? 何でさっさとくっつかねェんだよ」
「ガキのお遊びに付き合うほど、おれはお人よしじゃねェよい」
ジョッキを傾けながら淡々と話す腐れ縁に、サッチは「イー!!」を歯を剥いた。まるで子供だ。
「おまえ、エースがどれだけ悩んでるんだと思ってんだ。断るならさっさと断ってやれよ」
「あいつが諦めねェんだから、しょうがねェだろい」
「オヤジの首をあんだけしつこく狙ったやつが、そう簡単に諦めるわけねェだろうが!」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきたサッチだったが、のらりくらりと躱すこの腐れ縁に腹を立てていた。サッチだってエースが可愛い。別に彼とどうこうなりたいわけではないが(そんなことを言い出そうものなら、隣の黒髪に何をされるか分からない)純粋に、あの若者の行く末を案じる人間の一人なのだ。
「ちゃんと条件は出したよい。だが上陸前に『出来ない』と言ってきたから、そのうち諦めるだろい」
「条件って、何のだ」
「おれとセックス出来るかだ」
「おまえさー……。もうちょっとこう、何かに包めなかったのか?」
「オブラートを使う海賊なんて聞いたことねェよい」
2人の会話を黙って聞いていたイゾウは問題はそこではないことを瞬時に悟り、すぐさま話題を元に戻した。
「エースは『マルコとはセックス出来ない』と、言ったのか?」
「ああ。野郎同士なんて、普通は無理だろうねい」
「おまえはそれでいいのかよ」
「イヤがるのを無理に押し倒しても、長続きしねェだろい」
普段以上に淡々と答えるマルコと、微妙に会話が噛みあっていない気がする。だがそれが何なのかは、サッチは掴むことが出来なかった。
「そういやあいつ、ゲイセックスのハウツー本を通販してたぞ」
「ああ、あれな。一言聞いてくれりゃァ、手とり足とり教えてやるのに」
「おまえが言うとシャレにならないからヤメなさい」
「ふふ。妬いたか?」
「妬かねーよ!」
「随分と初心者向けの本だったがねい。現実を知って怖気づいたんだろい」
「セックスに夢を持てっていう方が無理だけどな。どんだけ綺麗ごとを並べても、所詮はまぐわいだ」
嘘や隠し事がすこぶる苦手な末っ子の不自然な行動を、兄たちはちゃんと見ていた。もちろん、当の末っ子に知れたら悶死してしまうので黙っているが。
「ところでマルコ」
「なんだよい」
イゾウの紅をさした唇が、弧を描いた。
「おまえさん、エースにポジションの話はしたのか?」
「あ~。おまえはボトム、だよな?」
「当たり前だ」
「その『当たり前』を、エースに伝えたか?」
「言うわけねェだろい」
リーゼントと美丈夫は、顔を合わせてため息をついた。
「あ~……そういうことね」
「やっぱりな。絶対勘違いしている」
「だな」
平然と酒を飲む腐れ縁に、サッチがため息を投げた。
「あのな。相手はあのエースだぞ? おまえみたいなゴツいムッツリのおっさんがボトムだなんて、あいつは言われなきゃ一生気付かねェよ」
「掘られる想像が、どうしても出来なかったんだろう。ふふ。可愛いな」
浮草のようにふらふらしてるように見えて、実はずば抜けた洞察力の持ち主であるイゾウが「だがマルコ」と続けた。
「言わなかったのは、わざとだな」
「わお。おまえ性格悪いな~」
大仰に手を広げて驚くサッチに、マルコは「つまらねェ小芝居するない」と返した。
「そういう言い方をしたら、まァ引くだろい」
「無理に男色の味を教える必要もない、ということか」
「まぁ、そんなとこだねい」
「おまえ、地味に傷ついてねェ?」
「うるせェよい」
「あ、図星」
テーブルの下で脛を狙ってきた足を、サッチは器用によけた。
「傷つくぐらいなら、そんな条件出すなよ」
「エースのためだよい」
「おまえさ、その言葉を言えば全部許されると思ってねェ?」
「マルコは慎重だから、幾重にも自分の感情をガードするのさ。あんたと違って」
「イゾウさん、今おれのアイアンメンタルをバカにしたよな?」
「被害妄想だな」
のれんに腕押しなイゾウを相手にしていては話が進まない。この船に乗っている者の殆どがそうであるように、この男もかなり狡猾なのだから。だがイゾウの意図を正しく解釈したサッチは、話題の舵を変えた。
「エースもとんだワルイのに捕まったな」
「捕まえてねェよい」
「うそつけ。逃がす気もねェくせに」
マルコは遠慮のないサッチの言葉を無視してジョッキを煽った。自己分析などやりつくしている。だからそっとしておいてほしいのに、この腐れ縁は本当にお節介だ。
「マルコ、とりあえずエースを追ったほうがいい」
「追う? どういうことだい」
イゾウの進言にマルコが素直に乗り、思い通りの展開になる。サッチは内心で(おれってほんと機微が分かる男だよなァ)ほくそ笑んだ。
「バカサッチが口を滑らせて、おまえと赤髪がそういう仲だってバラしちまった」
「てめ! イゾウ!」
あらぬ展開にサッチが慌てて口を挟むが、イゾウはうっそりと笑み、続けた。完全に愉しんでいる時の顔だ。
「で、エースはどこにいるとも知れない赤髪を探しに行った。二刻(ふたとき)ぐらい前の話だ」
ぶわり、とマルコの背中に炎が揺らめいた、ように見えた。普段滅多に感情を出さない男だが、実はエースのことになると時々タガが外れる。今の瞬間は、その最たるものだ。
「あいつ……! エースに何かしやがったら、あの粗末なチンコをそぎ落としてやるよい!」
マルコの恐ろしい剣幕に、サッチは再び股間を押さえた。今獣化したら赤い火の鳥になってるかもしれない不死鳥が、ずかずかと向かったドアの前でぐるりと振り向いた。
「サッチ! おまえモビーに戻ったら200発ほど蹴らせろい!」
「イヤだっての!!」
サッチの拒絶は、恐らく聞こえていないだろう。エースの時は無事だったドアベルが、ドアを閉めた衝撃でガコンとドアの横に落ちる。ここは「よくぞ扉が無事だったものだ」と評すべきだ。
「ふふ。赤髪のイチモツは粗末、か。そいつは面白い」
愉しそうに嘯き煙を浮かべるイゾウに、サッチはため息しか出なかった。
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