焦りと苛立ちは募るばかりだ。あてもなく探し回っているが、この広い街での人探しは困難を極める。こんなことをしている間に、マルコとシャンクスは会っているかもしれない。
早く! 早く! 気が急いて一瞬周りが見えなくなったエースの身体に誰かがぶつかった。
「……っと、悪ィ」
素直に詫びたが、残念なことにそれを受け取ってくれる相手ではなかった。
「おいおい兄ちゃん、この街でおれにぶつかって、それで済むと思ってんのかァ?」
図体はデカいが小物な輩が、エースの行方を阻む。
「悪かったよ。急いでるんだ。道を開けてくれるか?」
街での喧嘩はご法度だと兄たちからきつく言われている。エースは何とか穏便に済まそうと下手に出るが、その態度が彼の神経を逆なでしたらしい。突然現れた手下に、あっという間に囲まれた。手下たちの動きに満足したらしい小物が、エースの正面でニヤニヤと笑っている。
「この島でおれに道を開けさせようなんて100年早ェんだよ。おれがひと声かければ、何百人って手下がおれのために駆けつける。ここで逃げても、こいつらが追いかけるぜ。おれの息のかかった奴は、まだまだ島中にいるからな」
まったくもって小物だ。そういうことは、とりあえず大海原に出てから言ってほしい。
「生意気そうなガキだ。見たところ流れ者みたいだが、どうせ仲間も大したことないだろ」
その一言は、エースのスイッチを入れるのに十分な挑発だった。こんなつまらない奴に足止めをされるのもいい加減腹が立っていたし、何よりエースは今、とても急いでいる。
兄たちの忠告はきれいさっぱり忘れた。今はとりあえず、この目障りな男たちを一掃する。
「おれの家族は、皆最高だぜ? 喧嘩を売ったこと、後悔させてやるよ」
ゆらりと手を上げ、指先から炎を出そうとしたその時だった。
「こらこら~。そんなことしたらダメって言ってるだろ~」
場にそぐわない抜けた声が路地に響いた。振り返ったすぐ後ろに、ずっと探していた赤い髪の男がにこにこと笑って立っている。いつの間にそこにいたのか、エースは全く気付かなかった。
「シャ……っ!」
ぱちりとウィンクをされ、エースは慌てて押し黙った。
「お兄さんたち、ごめんな。こいつ血の気が多くて、行く先々で喧嘩を起こす問題児なんだわ。ここはおじさんに免じて、許してくんねェかなァ?」
「あァ!? ナメてんじゃねェぞゴルァ!! 一緒に血祭りにしてやる!!」
「あ~。おれもそんなに暇じゃないんだよな。せっかくだけど、それは断るわ」
ドン、と走った衝撃に耐えたエースが見たものは、見事にのされた輩たちが折り重なって倒れていく様だった。たった一瞬で十数人を触れずに倒す。四皇の恐ろしさを垣間見た。
先ほどの視線などなかったかのように、赤髪はエースに向かって人懐っこく笑った。
「おれに用事があるんだろ? 立ち話もアレだし、飲みに行こうぜ」
連れてこられたな小さな酒場は、どこかマキノの酒場に似た雰囲気を持っていた。海の上では四皇と恐れられてるシャンクスが、一飲み客としてすっかり馴染んでいる。ひとしきり馴染みの客と挨拶を交わしたあと、シャンクスが切り出した。
「よくおれがこの島にいることが分かったな。誰かに聞いたのか?」
「この島にいることは聞いたけど、あとは勘だ」
「わはは。野生の勘ってのはすごいな。さすがルフィの兄ちゃんだ」
勧められた酒を丁重に断り、エースは切り出した。
「マルコの様子が、時々おかしくなるんだ。いつも通りを装ってるけどどこか上の空でふわふわしてるし、それに時々ピンク色のキラキラしたのがマルコの周りを飛んでる。あんた、何か知ってるか?」
「おまえらしくない聞き方だな。まるでマルコみたいだ」
シャンクスはにやりと笑んだ。サッチに(まぐれだろうが)通じた手法は、どうやら彼には効かないようだ。
「ピンク、ねェ。その質問を、なぜおれに? それこそおやじさんや兄弟に聞いたほうが早いんじゃないのか?」
「誰にもそんな色に見えてないって」
「マルコ本人は?」
「真っ先に無視された」
「クク、あいつらしいな」
シャンクスの余裕に、エースが気色ばむ。
「そう怖い顔をするな。おまえが腹の中で思っていることを当ててやろう。『シャンクスは、マルコとセックスをしている』 違うか?」
一字一句たがわず答えを当てられ、エースは頷くしかなかった。
「まどろっこしいことはおれも嫌いでね。はっきり言おう。ご名答だ。別に恋人じゃない。世間の言い方を借りるなら、セフレってやつだな。互いに、丁度いい相手なんだ。四皇なんて重りが付いちまうとなァ。海賊とはいえそこそこ慎まなきゃならん部分が出てくる。港町で女を買う分にはいくら目立ってもいいが、男娼を買うのはその最たるものかもしれんな。チンピラと喧嘩をするより怒られるんだ。ベックに」
泣く子も黙る四皇に「言いつけ」を守らせる副官が、もしかすると海の中で最強の男なのかもしれない。
「マルコも、あんたのことをセフレだと思ってるのか?」
ギリギリのところで拳を出さないエースの問いに、シャンクスは「やっぱり誤魔化せないか」と苦笑し、答えた。
「……正確には、あいつの意志じゃない。あれは本能だ。幻獣種特有のな」
「本能?」
「年に数回、マルコは『不死鳥として』発情する。永遠の命を持つ不死鳥だが、それでも繁殖したいという本能があるんだろう。おまえが見たキラキラは、その合図だ」
「合図……」
「欲求が溜まると、勝手に出てくるそうだ。繁殖と言えば、やることは一つだろ? あれが出てる時は、ヤリたくてしょうがないってサインさ」
茶目っ気たっぷりにウィンクするシャンクスに若干の殺意を覚えたが、エースは耐えた。
「皆には、見えないのか?」
「らしいぜ。不死鳥の相手は、よっぽど種の強い相手でなければダメらしい。オヤジさんにも見えてるらしいが、まァ、息子に手ェ出すのもってなァ。ってことで、それが『見える』おれに白羽の矢が立った」
「……いつも、あんたが相手をするのか?」
「ああ。オヤジさんも手中の珠をおれに預けるのは不本意だろうが、あの状態になったマルコは理性を保っていられない。背に腹は代えられないといったところか」
「セックスをすれば、解消するのか?」
「そうだな。いつの間にかピンク色は消えている。そしたら、あいつはすぐに飛んでいっちまうんだ。報われないもんだぜ。おれはいつでもかっさらって行きたいんだがなァ」
マルコがシャンクスとセックスをすることには、それなりの理由があったのだ。2人の間に情があるかどうかは知らない。というか、知りたくない。
エースはシャンクスになりたかった。あの色が見える者が不死鳥の隣にいる資格を持つならば、自分だってそうだ。だがマルコとは、セックスが出来ない。どう考えても出来ない。どうしようもない虚しさがエースを襲う。
シャンクスはうつむいたままのエースに健闘の笑みを投げ、カウンターに向かってひらりと右手を上げた。
「おれが答えられるのは、これぐらいだな。おまえの助けになれるとは思わないが、この2階に宿を取っている。他に聞きたいことがあれば寄れよ」
運ばれてきたジョッキをエースの前に置き、シャンクスはそう言い残してカウンターへ移動した。一人になったエースは目の前の酒としばし対峙して一気に飲み干し、酒場をあとにした。
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