いつから、なんて覚えてない。多分、あの青い炎を見たその瞬間から「欲しく」なった。いくつもの島を渡り、海を越え、がむしゃらにその背を追った。だがようやく振り向いた青い瞳は、冷たい色をしていた。
「答えは出たかい」
甘いマルコの声は、こんな時はより残酷に響く。
「うん……」
モビーから見下ろす昼下がりの港町は、朝の賑やかさほどではないがまだ活気がある。ほとんど人がいなくなった甲板で、エースはマルコに告げた。
「おれ、やっぱりマルコとはセックス出来ない」
「そうかい」
いとも簡単に答えを受け止めたマルコを、エースはどこか遠いところで見ていた。
ああ、行ってしまうのか。この男は、もう自分のものにならないのだろうか。
あの白ひげを100回以上襲撃したつわものは、欲しいものなら何としてでも手に入れる根性を兼ね備えていた。海賊なのだから当たり前かもしれないが、エースの執念は並大抵のものではなかった。
ずば抜けた戦闘能力に加え、天性の人懐っこさと人を惹きつける何かでエースはマルコの懐にするりと入り、気が付けば2番隊隊長として彼の横に立っていた。そして「おれの恋人になって」と詰め寄り、どれだけ蹴られても海に放られても(回収しに行くのはもっぱら4番隊隊長の役目だった)、懲りずに笑ってマルコの後ろをついて歩いた。
「強要するもんじゃないからねい。おまえが出来ないってなら、しょうがねェ」
「でも、マルコのことが好きだ」
途方に暮れたように呟くエースの黒髪に、マルコの手が伸びた。くしゃりと撫で、優しい声で諭す。
「若いおまえほどじゃないが、こんなおっさんでもまだ現役でねい。セックスなしの恋愛ってのは、皮がムケてないガキの専売特許だ。この年になって、惚れた腫れたで終わる恋愛に戻るのはごめんだよい」
「マルコは、セックスをする相手がいるのか?」
「陸に下りればそんな相手はごまんといる。後腐れのない相手がな」
いかにも海賊らしい答えを置いて、マルコはエースに背を向けた。
「これを機に、おれのことは諦めろい。それに」
―――おまえとおれが家族なのは、この先も変わらないよい。
残酷な言葉を突きつけ、不死鳥がゆっくりとタラップを降りて行く。若者はただ、その背中を呆然と見送ることしか出来なかった。
普段より少しだけ静かで、でも浮足立った空気をドア越しに感じながら、エースは自室のベッドに寝転がり考えていた。3週間前にとんでもない無理難題を突き付けられ、エースは折れざるを得なかったわけだが、何かがおかしい。マルコも他の兄たちも、何かを隠しているような気がした。根拠なんてない。ただの直感だ。だがエースは、この類の勘は信じることにしていた。
翌日、休暇に入ったエースは昼間から花街をしらみつぶしに歩いた。大きな島なので数か所にあったが昼夜を問わず全てを回り、情報を集めた。マルコは昨日から3日間の休暇に入っている。最終日は必ず酒場で過ごしこの先の進路の情報を集めるので、彼が花街に行くとすれば、昨日と、そして今日。どんな些細な情報も零すまいと、エースは足を使った。
だが結果は芳しくなかった。連れ込まれそうになったのは数知れないというのに、マルコの情報は何一つ得ることが出来なかった。夜が白み始めたのを見てエースはとうとう諦め、とぼとぼと宿へ戻った。
倒れ込むように寝て、起きたらもうすぐ夕方だった。腹は減っているが起きる気になれずベッドに転がったままエースは考えた。どうしてこんなに執着するのか、自分にも分からない。だが今回を逃すと、不死鳥が飛んで行ってしまうような気がしているのだ。
「……メシ、食いに行こう」
どれだけ落ち込んでいても、腹は減るものだ。島を歩いている中で一番いい匂いが出ていた店は確か宿の近くだった。腹が減っては戦が出来ぬ。財布の中身は心もとないが、エースはエネルギー補給をすることにした。
「お! エース!」
道を歩いていると、前方から目立ってしょうがないリーゼントと美丈夫がやってくる。誇りは隠しているがもう少し目立たない格好は出来ないのかと思いながらも、エースは「おう」と手を上げた。それにしても、イゾウはラフに着流しながらも隙を見せない所作だが、サッチはなんと締まりのないことだろう。かの白ひげ海賊団で4番隊隊長というポジションに就き、いざという時は誰よりも冷徹になれる男と同一人物とは思えない。
「どうしたんだ。シケたツラして」
「別に。腹が減ってるからメシを食いに行くだけ」
手早く終わらせて、夜にもう一度花街へ行くつもりのエースは少々焦っていた。マルコの休暇は、もうすぐ終わってしまうのだ。
「ああ、今回はマルコと一緒じゃないんだな」
イゾウの指摘に一瞬言葉が詰まるが、何とか押し流す。今までなら休暇が1日でも重なろうものなら意地でも一緒に行動していたが、今回はけんもほろろにあしらわれてしまったのだ。だからこそ、エースはこの時間がもったいない。
「マルコ、この島でセックスしてるんだろう?」
「こらこら。言葉を慎みなさいって。まだお天道様が見てるぞ」
「ふふ。興味深い話だな。どれ、付き合おう。奢ってやるよ」
興味津々な兄の計らいで、エースは今宵の夕飯を心配する必要がなくなった。
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