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執筆者の写真丘咲りうら

この空を (シャンクス×マルコ)

「なァ。教えてくれよマルコ。おまえは一体何が欲しいんだ?」

 宿の一室で、まだ少し若さを残した声が懲りずに問いかけていた。 「だから特にねェっつってんだろうが」 「またまた。海賊がそんなに無欲でどうすんだよ」

 もう何度となく繰り返される会話に、マルコはうんざりしていた。  シャンクスが指定したこの島に飛んでくるのにも随分と体力を消耗したのだ。その上、会うなり濃厚なセックス。いい加減休ませて欲しかった。

「海賊がいちいち誕生日なんて気にしていられるかよい」 「バカだなァ。明日をも知れない海賊だからこそ、生まれた日を祝うんだぜ?」  あっけらかんと答える全裸の男、シャンクスは、そう言うと手近にあった酒瓶を豪快に煽った。

「金か?宝石か?あ、アレか?給料3か月分とかってやつ?おれ海賊だし、略奪2か月分とかでもいい?」 「どこでそんな情報を仕入れるんだよい。しかも何地味に減らしてんだ」 「いや、おれの稼ぎって結構いいと思うし」 「海賊がケチるない」

 そんなくだらない会話も、マルコは別に嫌いではなかった。しかし今はこのベッドと仲良くなりたい。汗と精液が混じったシーツの臭いは少々気になるが、もうそんなことはどうでもいいぐらい、マルコは疲弊していた。

「あ、見習いの頃にさ、ロジャー船長に『お手伝い券』ってのをプレゼントしたことがあってよ。あれにしてやろうか。おれがロジャー船長に渡したのは何故かレイリーさんに権利が移ってて、死ぬほど働かされたけどな」  しかも最後の1枚で、何故かおれが喰われそうになったぜと、わははと笑いながら昔話を絡めてくるシャンクスをちらりと見やり、「好きにしろよい」とだけ返事をする。内容なんてどうだっていい。だから寝かせろ。

「そうだなァ、何にしよう。『抜かずの5発券』とか『指マンでドライを決める券』とかかな」  何で見事にセックスに絡むことばかり、しかもマルコは全く得をしない内容ばかりなんだと思いながら、ここは反論しておかないと痛い目に遭いそうだと口を開いた。 「それなら『セックス拒否券』を200枚ほどくれよい」 「いいけど、それ使った次のセックスは覚悟しとけよ?」  冗談のやり取りのはずだったのに、シャンクスの本気が垣間見え、「……やっぱり遠慮しとくよい」と丁重に断った。

「あ~。プレゼントって、ワクワクするけど難しいよな。見つけるまでが大変だ」  マルコの横にごろんと寝そべりため息をつく。別に浮かばなければ何もやらなきゃいい話なのに、なぜこの男はそんなに固執するのか。  しかしそんなことを聞くのも億劫で、マルコはとろりと眠りの淵についたが、

「もう休めただろ?続きしようぜ」

 若いというにもほどがある剛直をマルコの太ももに擦りつけながら、シャンクスが覆いかぶさってきた。  ああ、この男はどこまでも自分勝手で我侭だ。

 ふと意識が浮上し、横にシャンクスの姿がないことに気がついた。ベッドだけではない、部屋から完全にその気配が消えていることに、マルコは僅かな違和感を覚えた。  いつも目覚めたときに傍にいるわけではない。今までだって目覚めたらシャンクスがいないことはざらにあったし、逆にマルコが寝ているシャンクスを置いて帰ることもあった。だが今日は、シャンクスを纏う雰囲気が違っていた。うまく言えないが、あの能天気な笑顔の裏にどこか緊張感を孕んでいた。  しかしマルコは詮索しなかった。海の上で会えば敵同士の関係だ。おいそれと個々の事情を説明する間柄ではない。それは互いに十分理解していた。  日が昇り、空が明るくなった頃だ。普段なら下手をすれば空が白み始める頃まで求められるので、この時間には目は覚めない。そういえば昨日は早々に開放されたような気がする。薄れゆく意識の中で、シャンクスが「おやすみ、マルコ」と額にキスをしていたのをおぼろげながら覚えていた。

 ……愛想を付かされたかねい。

 逢っても別に喜びを表すわけでもなく、一緒にどこかへ出かけるわけでもない。ただ部屋に篭ってセックスをする。  身体だけだと言われてしまえばそれまでの関係だ。唐突に終わりを迎えても、仕方がない。  自分の誕生日の訪れと共にこの関係にピリオドを打つだなんて、キリが良くていいじゃねェか。

 何となく気が抜けた顔で、マルコは重たい腰をベッドから起こした。小鳥がさえずる声が聞こえる。ああ、今日はいい天気だねい。

 立ち上がり、宿に着いてから閉めっぱなしだったカーテンを開け、窓を外側へ開いて空を見上げた。思った通りの突き抜けた青空が広がっていた。爽やかな空気が、澱んだ部屋の空気を追い出すように入り込む。

「……?」  ふと、開いた窓にマジックで書かれた何かに、目が行った。

 『この空を』

 シャンクスの筆跡でなぐり書きをされたそれは、マルコの視界に入ることを全く疑っていなかった。

「……キザなことをするねい」  どこかくすぐったく、何とも面映い感情をどう処理すればいいのか困った声音で、マルコはひとり呟いた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「襲撃を明日に延ばすって?正気か、お頭」  夜が明ける前にふらりと戻りその旨を告げた船長に、副官は不機嫌を隠すことなく煙草の煙を吐き出した。

「うん。明日の朝にしよう。今日はヤメた」  シャンクスはもう一度同じ内容を繰り返し、くわーと欠伸をした。

 最近この諸島で、赤髪のシャンクスの威光をチラつかせながら権力を振るう集団がいるという情報が入った。  もちろんそれはシャンクスの与り知らぬ輩なので、徹底的に潰すべく内偵を入れて状況を把握し、今日の夜明けと同時に奇襲をかける計画を進めていた。  あとは行動に移すだけ、という段となったそのときに、シャンクスからストップが掛かったのだ。

「だってさ~、今日すげェいい天気だぜ。こういう日の空を汚しちゃいけねェ。だから明日な」  ゴーサインをかけるのはシャンクスだが、そのための綿密な準備をしてきたのは、副官であるベンだ。「やっぱり明日な」と言われて、はいそうですかと二つ返事で承諾できるほど気軽な作戦ではなかった。  シャンクスの鶴のひと声が部下の士気にどれだけ影響するか、本人とてよく分かっているだろう。だからこそ、この理由には何か裏がある。ベンは直感でそれを感じ取っていた。  しかしそれを問いただす前に、シャンクスが再び口を開いた。

「おまえの苦労はよく分かってるよ。悪いとも思ってる。でも今日はダメだ。それにおまえが立てた計画だ。1日ずれたところで、別に影響はないだろう?」

 何もかもを見透かし信頼するその瞳に、ベンはやれやれとため息をついた。どうにも意志が固い。今回はこちらが折れるしかなさそうだ。  この人の気まぐれには困ったものだ。まぁこれぐらいの柔軟さがないと、四皇など目指すことは出来ないだろうが。

「……分かった。部下にはあんたから知らせてくれ」 「すまん」  シャンクスは短く詫びると、がらりと声音を変えて部下に呼びかけた。

「野郎ども!襲撃は明日に延期だ。今日は前祝いの宴をするぞ!酒を持って来い!!」

 シャンクスの張りのある声に、血気盛んな部下たちは「うおおお!!」と盛り上がり、場は一転して酒盛り会場になった。  輪の中心で豪快に笑いながら空に向かってジョッキを上げるシャンクスの視線を追い、ベンは思わず苦笑した。

 ああ、そうか。今日は……。

 レッドフォース号のはるか上空を旋回する青空と同じ色の美しい不死鳥に、ベンもシャンクスに倣ってジョッキを掲げた。

(おわり)

---------------------------------------- ……あれ?ベンマル?←

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