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執筆者の写真丘咲りうら

太陽へのオマージュ(4/15)

……やっちまったよい。

 後悔と自責の念が渦巻くとは、まさに今の状況のことだ。  ポーカーフェイスでタバコに火をつけた。シーツに包まった横の塊がもぞりと動き、ふぅとため息をついた。

「どうだい」

 何の気なしに聞いた。感想を聞くのは礼儀だろう。 「……正直わかんねェ。そりゃイったから気持ちヨかったけど、なんつーか、思ってたのと違うっていうか」 「……そうかい。そんなもんだ」  エースの答えはあまりに正直すぎたが、さして気にすることなくマルコはそう言った。  傷つかないように細心の注意は払ったが、初めてのアナルセックスで快楽だけを拾える人間はそういない。

「あんた……好きでもねェやつとセックスするのかよ」  その声には、非難がこめられていた。 「男なんでねい。据え膳はありがたく頂くよい」 「ふーん……」  しばらく何かを考えていたエースが、やがてすぅすぅと寝息を立て始めたのを確認し、マルコはようやく深い溜息をついた。

 セックスを覚えたてのガキではあるまいし、と自分に呆れた。その手を止めることはいつだって出来たはずだったのに、結局最後まで止めることはなかった。  それなりに人生経験も積んできたのに、こんなガキにうっかりタガが外れるとは。

「おれも、まだ青いってことかねい」

 規則的な動きになった肩をしばらく見つめ、手を伸ばす。  くせのある黒髪に触れようとして、やめた。

 その"感情"を素直に腑に落とすには、いささか年を取りすぎた。

「……ガキに興味はねェよい」  自分に言い聞かせるように口にしたが、広がったのはタバコの苦い味だけだった。

 ぱちりと開いたエースの瞳に最初に飛び込んだのは、マルコの寝室の白い壁だった。  しばらくぼんやりと考え、ああそうだったと思い出す。自分でもおかしいぐらいに動揺はしなかった。  おそらくまだ深夜だろう。静まり返った部屋に、エアコンの音が控えめに響く。  ゆっくりと身体を仰向けにし、視線を壁とは反対側へ移す。大の男が2人寝るには十分な広さのベッドの脇には、自分に背を向け寝息を立てているマルコの姿があった。  視線を天井に戻し、ゆっくりと瞳を閉じ、再び開けた。

 マルコを起こさないように静かに起き上がり、律儀に畳まれていた服に手を伸ばす。つきん、と残った酒が頭に響いた。  色々と出してしまってベトつくはずの身体はやけにすべすべとしていて、きっとマルコが後始末をしてくれたのだと理解した。

 寝室を出るときに、一度だけ振り返った。  相変わらず背を向けたままのその寝姿に、まるで自分が拒絶されているような気がした。ぐっと唇をかみ締め、静かに扉を閉めた。

 マンションを出て、自転車を押して歩く。帰りは1人なのだから乗ればいいのに、エースはまるで捨てられた子供のようにとぼとぼと歩いた。  今日は酔っていた。そう、いつもよりも酔っていたのだ。自分も、マルコも。  最近夜になると思わせぶりに出てくるようになった涼しい風に頬を撫でられ、つんとした鼻の奥を堪えるように、また唇をかみ締めた。

 『グラディート』は月曜日が定休日だ。あんな行為をしたせいか、腰は重くだるい。エースは自室のベッドにひっくり返り、ぼんやりと天井を眺めて1日を過ごした。動けないわけではないが、今日は何もかもが億劫だった。

「キスマークとか……付けねェんだな」

 シャワーを浴びたときに見た自分の身体は、いつもどおりだった。  情交の印などがなくても、あれは夢じゃない。現実だった。そして気付いてしまった、マルコに対する特別な感情。  多分、最初の出会いから"そう"だったのだ。だからあんなことを無意識に口走った。男とか、年上とか、おっさんとか、そんなことはあの青い瞳を見た瞬間に霧散した。  何度も違うと否定した。しかし触れて受け入れて、認めざるを得なかった。

 マルコのことが好きだ。

 誰かを好きになる。その感情に気がついたとき、人は少なからず高揚するだろう。どんなに脈がない恋でも、もしかしたらもしかするかもしれないと甘い結末を想像する。人間とはそんなものだ。  しかしエースは違った。この感情に、微塵の甘さも感じることが出来なかった。

 辛い、恋。

 結果は火を見るより明らかだった。  男の自分から見ても、マルコはいい男だ。スタイルも良くハイセンスで、仕事も出来、生活にもゆとりが見える。そんな男を女が放っておくはずがない。聞いたことはないが、いい女の一人や二人はいるだろう。昨晩の手馴れた様子からだと、そういう相手をする男だっているかもしれない。  それに比べて自分はどうだ。まだガキで、すねかじりの学生で、将来のビジョンなんて持ちもせず、ダラダラと日々を生きている。ダチはそこそこいるし、『グラディート』での仕事は楽しいが、結局は若さゆえに出来ることばかりで、マルコに釣りあうものなど何一つ持っていない。

「……こんなガキ、相手にするわけねェじゃん」

 もう何度目か数えるのもやめた溜息を吐き出し、よっと起き上がった。そろそろルフィが部活から帰ってくる。夕飯の支度をしなければ。

 マルコは酔っていたのだ。「据え膳は食う」と言っていたではないか。"そこ"にたまたま自分がいただけだ。  明日、マルコは『グラディート』に来るだろうか。もし来たら、昨日のことを軽く謝って、リセットしよう。エースはマルコの人間性も好きだ。自分の感情さえ押し殺せば、いい友人としてこれからも付き合っていけるだろう。

「……うし!今日は肉だ!景気付けに肉食べるぞ!!」

 エースは冷凍庫に大事にしまってある取っておきの肉を夕飯のメインにするべく、キッチンへ向かった。

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