連れてこられたのは、駅前の一等地に店舗を構える超高級焼肉店だった。もちろんその店の存在は知っていたが、とてもじゃないが自分たちには縁がないと毎日素通りしていた。
「マ、マルコ。おれが言うのも何だけど、ルフィってマルコが思ってる以上にすげェ食うんだ。この辺の食べ放題とか全部入店拒否されてるぐらいでさ。だからもっと安い店にしようぜ」
エースの遠慮しいしいの声に、マルコは目を細めた。
「だったら尚更だねい。焼肉ひとつでおまえの弟を陥落させられるなら安いもんだよい。で、弟ってのはあいつかい?」
マルコの目線の先には、ものすごいスピードでこちらへ向かってくる少年がいた。
「すっげー! おっさんマジでパイナップルみてェだな!」
会うなり遠慮のない言葉をかけてエースを青ざめさせたルフィは、兄に負けない人懐こさで一瞬でマルコに懐いた。肉をくれる人なら誰でもいいのかとツッコミたかったが、仲良くしてくれるに越したことはないと思い直してエースも食事を堪能し、しばらくしてから席を外した。
「なァおっさん、あんたがエースの好きな人か?」
視線は旨そうに焼ける肉に釘付けのまま、ルフィが口を開いた。
「だったらどうするよい」
ルフィの皿に焼けた肉を乗せ、聞いてみる。
「エース、おれには何も言わねェけど、夏休みが終わったぐらいからずっと元気がなくってさ。ここ2週間ぐらいはほとんど寝てなかった。だからそいつに会ったらブっとばしてやろうと思ってたけど、エースが笑ってるからもういい」
ニッと笑い、乗せられた肉を平らげた。
「そうかい。悪ィがこれから兄ちゃんをちょくちょく借りるよい」
「うん。おれも部活が忙しくてなかなか帰れねェし、じーちゃんも別のトコに住んでるしな。エースが1人になるから心配だったんだ。エースって、おれには何でも言えっていうのに自分のことは全然話さねェんだ。そのくせああ見えて根暗で寂しがりなんだぜ」
「知ってるよい」
ルフィはニシシと笑い、また乗せられた肉を口に入れた。
「あんたすげェな。エースを泣かしたヤツなんて、おれ今まで見たことねェぞ。けどエース、すげェ幸せそうだ」
泣いてもいい涙ってあるんだな、と言い、エースの皿に置いた肉にも手を伸ばし、証拠隠滅とばかりに口へと放り込んだ。
「ルフィ! おまえ今、おれの肉食ったろ!」
どうやらその一瞬を目にしたらしいエースが、席に着いた途端に弟を責めた。
「んにゃほほへぇっへ」
どたばたと小競り合いを始めた兄弟を、マルコはまあまあと宥めた。
「肉ぐらい、いくらでも焼いてやるよい」
泣いた形跡は消して合流したはずなのだが、敵か味方か本能で嗅ぎ分けているのだろう。天然と野生の勘には敵わない。
この弟を味方に付けておいて損はない。マルコは小さく手を挙げ、そのサインを見逃さずにやってきた店員に追加オーダーを告げた。
彼からすれば天文学的な数字の会計にエースはひたすら恐縮したが、様々な客層との接待に慣れているマルコからすればどうという金額ではない。野生児の弟の心と胃袋を掴めたのなら安いものだとマルコは笑った。
焼肉屋から3人で歩き、途中のコンビニで菓子を買い与えてルフィを部屋へ送り込んだ玄関先。
「夢だと思っちまいそうだ」と、はにかむエースを抱きしめ、触れるだけのキスをした。
「エース」
「ん?」
「今度おれの部屋に来るときは、覚悟してから来いよい」
「え?」
「次に抱いたらもう離す気はねェから、覚悟して抱かれに来いと言ったんだよい」
「……っ!」
色っぽいを通り越してオスの表情丸出しで言われ、エースの顔面の体温は2度は上がった。
「おっさんは臆病でねい。ここまで来ても、無理やりに抱いておまえに嫌われたらどうしようとか思っちまうんだよい。『グラディート』には顔を出すが、おれの家にはおまえがそうなりたいと思うまで来るんじゃねェよい。それがおれとおまえの、最後の壁だ」
その言葉で、エースは越えなければいけない壁の存在を思い出した。
「……分かった」 「好きだよい。エース」 「うん」 軽く唇を合わせ、マルコは名残惜しげにエースを扉の中へと送りこんだ。
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