「それが気に入ったのかい?」
カウンター後ろの壁面収納に設置したばかりのオブジェに穴を開けんばかりに見つめる青年に、マルコは声を掛けた。
「……うん。すげェカッコイイ。一斉に飛び立ってさ。こいつらどこ行くんだろうな」
青年は、振り返りもせずそう答えた。
そのオブジェは幅が1メートルほどもあるブロンズ製の置物で、真ん中に大きくかたどられた輪の中や外に沿って鳥たちが翼を広げる様子を細かな彫刻で表現している。その勇壮な姿は、マルコも気に入っていた。
「それはここのオーナーのたっての品で、今日ようやっと船便で届いたんだよい。気に入ってもらえたのは嬉しいが、見つめすぎて穴を開けないでくれよい」
そういうと青年は、はっと気がついたようにこちらを向いた。
癖のある黒髪が揺れ、髪の毛と同じ黒曜石のような色をした瞳と目が合う。端正な顔立ちだが、頬に散ったそばかすのせいか少し幼くも見えた。
「あ……、あ、悪ィ」
素直に謝る青年に、思わず頬が緩んだ。
「ブロンズ製だ。目からビームでも出さねェ限り、壊れやしねェよい」
そこで初めて冗談だということに気がついたらしく、バツが悪そうにへへっと笑った。
「おれもこれは気に入っててねい。自分が選んだモノを、依頼人以外のヤツから褒めてもらえると嬉しいもんだねい」
「そ……そっか。うん。すげェイイよ」
下を向いてぼそぼそと答えていた青年の瞳に、再び自分の姿が映った。
「あんたの目もすげェきれいだ」
わずか数秒だったと思うが、その間、確実に時間は止まっていた。
「悪ィ悪ィ。エース。待たせたな」
カウンターの奥から出てきたリーゼント姿の男の呑気な声に、弾かれたように我に返った。
先に行動に移したのは、青年だった。
「じゃ、じゃぁサッチ!明日からよろしくな!!」
カランカランと陽気なベルの音と共に、あたふたと店を出て行った青年の背を見送った。
「なんだあいつ。飯ぐらい食ってきゃいいのに」
変なヤツだなと言いながらもあまり気にした様子のない悪友に、マルコは尋ねた。
「サッチ、あいつは?」
「エースか?可愛いだろ。そろそろ店も軌道に乗ってきたし、バイトを探しててな。食いながら寝るっていう変な特技があるヤツなんだけど、今時珍しい弟想いの子でな。バイトはしてねェっていうから、まかないつきって条件でスカウトした。人当たりもいいし、あのルックスだ。あいつ目当ての女の子が増えるかもな」
ヒヒっと笑うサッチに「そうかい」とそっけなく答えながら、マルコは頭の中にしっかりと記録した。
あの鳥たちがどこへ向かうのか。そんなことは、考えもしなかった。
突飛もないことのように思えて、案外心理を突いた疑問なのかもしれない。
「サッチ」
「あ?」
「あいつのシフト教えろい」
「はァ!?」
相変わらず何を考えているか分からない悪友に、サッチは突拍子もない声を上げた。
全速力で家まで走り、やや乱暴にドアを閉めた。ぜいぜいと息を整えながら、玄関に座り込む。
ああいうのって、女の子を口説く時に使うんじゃねェの?
先ほどの変な髪形をしたおっさんに言ってしまった言葉を反芻し、エースは顔から火が出そうだった。
あのオブジェには、見ているだけでわくわくするような躍動感があった。これからバイトの日はいつもあれが見られるのだと思うと、心が躍った。
自分も気に入っている、と言っていた。あれはあのおっさんが選んだんだろうか。何の仕事をしているのか、皆目検討もつかない。
「常連さんとかだったらやべェよなぁ」
サッチの経営するカフェ&バル『グラディート』にエースが通うようになって数ヶ月経つが、今まであんな特徴的な髪型をした人はいなかった。だからきっと、ただオブジェを配達した人だろう。サッチと随分仲が良さそうに見えたが、エースはそう思うことにした。
ゴツンとドアに後頭部を当ててため息をつくと、奥の部屋から弟がひょっこりと顔を出した。
「エース、何してんだ?」
「なんでもねェよ、ルフィ。ただいま」
「おかえり。なぁエース。おれ腹減った」
ニシシと屈託なく笑う弟に、エースもつられて笑った。
「よっしゃ任せとけ!すぐメシ作るからな」
エースは、よっと反動をつけて立ち上がり、可愛い弟の頭をくしゃくしゃと撫でた。
うん、きっと気のせいだ。あのおっさんのことが気になるだなんて。
エースはそう思い直し、弟のためにキッチンへと向かった。
「……いらっしゃいませ」
「よい」
バイト初日、ランチタイムが掃けた頃にやってきたパイナップル頭に、エースはひそかに嘆息した。カウンター席に座った男に水を出していると、ここのオーナーシェフのサッチがキッチンから顔を出した。
「エース、一応紹介しとくな。こいつはマルコ。おれの腐れ縁ってやつだ。インテリアコンサルタントっつー、胡散臭い横文字の商売をやってる」
「胡散臭いは余計だよい」
ああ、やっぱり知り合いだった。それもかなり仲がいい方の。うすうすそんな気はしていたのだ。
では、昨日のアレはなかったことにしよう、そう頭を切り替えてエースは挨拶をした。
「アルバイトのポートガス・D・エース……です。よろしく、マルコさん」
「さん、は余計だよい。初対面であんな熱烈に口説いてくれたじゃねェか」
「っ!あれは……!」
昨日の出来事を茶化されて先ほどの切り替えは一瞬にして無に還り、顔がかっと熱くなった。言い訳をする前にサッチに遮られた。
「こらマルコ。からかうんじゃねェよ。可愛いモンじゃネェか。なぁエース?」
事の顛末を聞いたらしいオーナーは、ヒヒっと笑って続けた。
「こいつは客だけど客じゃねェようなモンだ。別に敬語じゃなくてもいいぜ」
「おまえが言うなよい」
思っていたよりも話しやすそうな男に、エースの気も少し緩んだ。
「じゃぁマルコ。ご注文は?」
「ランチ1つ。それと食後にコーヒーをくれよい」
「オッケー」
こうして2人の奇妙な関係は、カフェ&バル『グラディート』で始まった。
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