焼きたてのパンとコーヒーの香り。そして何かを焼く音。カタギの世界の朝は、こんな感じなのだろうか。海賊稼業とは程遠い何ともいい雰囲気で、泣く子も黙る四皇は目を覚ました。起き上がって簡易キッチンの方を見ると、昨晩散々抱き潰したはずの青い鳥が、平然と朝食を準備していた。
「随分と早いお目覚めだねい」
これで優しいキスで起こしてくれたら最高なのに、減らず口はいつものままだ。投げつけられた挨拶に、シャンクスは苦笑した。
「たまの休暇なんだからいいじゃねェか。珍しいな。朝飯作ってんのか?」
タイミングが合った時だけの逢瀬の間柄で、まともな朝食を摂ることは殆どない。良くて宿にしけこむ前に調達した食料の残りを食べるぐらいだ。酷い時は、朝から酒を渇食らって出ていくことだってある。だからこの光景は非常に珍しい。
まるで新婚夫婦みたいだな、とへらりと笑う赤髪を、天下の白ひげ海賊団一番隊隊長は「バカ言うない」と一蹴した。
「散歩をしてたら、美人さんに囲まれてねい。好きなだけ持っていけと言われたよい。気持ちは嬉しいが、こんなに食いきれねェから手伝え」
テーブルにでんと出されたのは、ふっくらと焼かれたオムレツだ。おおよそ海の男が作ったとは思えない出来栄えに、シャンクスは「おお、すげぇ」と素直に驚いた。全くこの男はどこを取ってもそつがない。やれと言われれば、商売人でも牧草の牛追いでも平然とやってのけるだろう。
「朝から景気がいい話じゃねェか。若い娘さんかい?」
島の奥へ行けばのどかな牧草地帯が広がる島だが、港町には屈強な男たちの方が圧倒的に多かった。そんなに美女がいるようには見えなかったのだが。
「卵をくれるんだから、そこそこトウは立ってるだろうねい」
別に若い娘が卵を持っていてもおかしくないのだが、シャンクスはさして気にせず流した。
「おまえは人妻にもモテるからなァ」
マルコはどういうわけか人妻に異常にモテる。彼女たち曰く「得も言われぬ魅力がある」らしい。確かにマルコには男をも惑わす色香がある。それを独り占めしたくて上陸を合わせては身体を重ねているシャンクスも、彼の魅力に憑りつかれた一人だ。人妻を陥落するなど、それこそ朝飯前だろう。
だからてっきり「人妻」に囲まれたのだと思ったのだが。
「何言ってんだい」
コーヒーを両手にテーブルについたマルコは、先ほどの挨拶など話にならないぐらい冷たく返した。しかしそんなことでいちいち凹むようなシャンクスではない。
「ん? 謙遜か? 白ひげ海賊団の1番隊隊長は無自覚の人妻キラーだってのは、なかなか有名な話だぜ?」
シャンクスの冷やかしに、はァ、とため息をつき、眠たそうな瞳がこちらを見た。
「卵をくれるっつったら雌鶏だろい」
「……は?」
「生みたてを持って行けって言われたんだよい。人間の女なら適当に流すが、相手が雌鶏だとそうもいかねェだろい」
残念だが、まるっきり「人間」のシャンクスには、不死鳥の苦労を理解してやることができなかった。一つだけ言えるのは、マルコは人間のメスだけではなく、鳥のメスにもモテるということだ。しかも、要求される対応の質としては、人間よりも鳥の方が上位らしい。
「……へぇえ。紳士的なんだな」
「ここの美人さんたちは、皆気が強いよい」
優秀な副官なら、このような時はどう返すのだろう。シャンクスは内心困り果てながらギリギリの返しをした。
「……ん? これは?」
現状から逃げようと目を逸らしたテーブルに置かれた、青色の卵に目が留まった。
「ああ、今日はイースターだからねい。彼女たちもそれで張り切って卵を産んでたんだよい。あまり興味はねェが、せっかくだから作ってみたよい」
中身をきれいに抜かれた卵の殻は青いペンキでペイントされ、その上から白い小さな点が星のようにちりばめられている。まるで海の上から見上げた星空のようだ。
「今日の今日だったから、あまりまともなものが作れなかったよい」
「……おまえって、タフだよな」
昨晩は夕飯もそこそこにベッドになだれ込み、空が白み始めるまで抱き合っていた。マルコに至っては半ば失神するように眠りについたというのに、たった数時間で散歩から朝食作り、あまつさえこんな細工までやってのけるのだから、シャンクスが呆れるのも無理はないだろう。
確か「イースター」は、どこぞの神が「死」という殻を破って蘇ったことを祝う祭りで、新しい命をもつ「卵」が復活のシンボルとされると聞いたことがある。同じ鳥類として、マルコも放ってはおけない行事なのだろうか。本人に聞くと面倒なことになりそうなので黙っておくが。
「じゃァ、おれもご相伴に与るとするか」
爽やかな光が降り注ぐ部屋での朝食は、全く海賊らしくない清らかな情緒に溢れていた。
(おわり)
------------------------------------ 少々電波が入ったマルコさんを書いてみたかったんです。
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