「よし。完璧だ」
4番隊隊長が眺める鏡の中には全身に包帯を巻いたゾンビが1人。もちろんトレードマークのリーゼントはバッチリ決まっている。
モビー・ディック号で行われるハロウィンパーティは、隊長たちがモンスターに扮するのが毎年の恒例になっている。今年はサッチがその役に当たっており、彼はこの日のために入念な準備をしていた。全身を包んでいる包帯は、美女揃いのナース達に頼み込んで貰ったものだ。新品をくれなどという恐ろしいことは言えないので所々に血や薬の染みが付着した使い古しではあるが、それが逆にリアルさを醸し出している。
菓子をくれなきゃイタズラするぞ。
何という素晴らしいフレーズだろう。『イタズラ』には数多くの種類があるので、一括りには出来ない。これもまた素晴らしい。ターゲットは、もちろん麗しの16番隊隊長だ。
和服姿のベッピンは、今日も部下を相手に飲んでいる。イゾウと深い仲になったのはいつ頃からだろうか。きっかけは忘れてしまったが、彼との交合はクセになっていることを否定できない。「ヤられるぐらいなら頭をぶち抜く。あんたの」ときっぱりと言い切るイゾウはバリタチで、その「ヤられる」役はいつもサッチだ。立場が逆転することはない。しかしサッチにだってご立派なイチモツが付いている以上、男の本懐を遂げたいと思うのはごく自然なことだろう。ちなみにイゾウは大変嫉妬深く、陸に降りた時に女を買おうものなら烈火のごとく怒る。最初は反発していたサッチだったがその意外な一面にうっかりほだされ、何となく女遊びは控えている。だがサッチだって突っ込みたい。イゾウを酔い潰して襲うことも考えたが、あのウワバミを潰そうと思ったら自爆しても潰せないので早々に諦めた。
ハロウィンの風習に疎いイゾウが菓子を用意しているとは思えない。だから今日はイゾウに「イタズラ」を出来る絶好のチャンスなのだ。そう。今日こそはおれのターンだ。サッチは信じて疑わなかった。
「あいつんとこには……最後に行くか」
モンスターはほくそ笑み、自室を後にした。
「おらおら、菓子を寄越せってんだ!」
ハロウィンなどという行事はただの口実で大騒ぎして飲み食いしている連中の中に、恐怖の包帯男が突撃する。しかし天下の白ひげ海賊団のクルーがそんなことで慄くわけがない。ヤンキーよろしく菓子を強請る包帯男はあっという間に揉みくちゃにされ、包帯を引っ張られたり酒をぶっ掛けられたり、あまつさえほどけた包帯の先にどこからともなく火が飛んできたりと散々弄られ、ほうほうのていで可愛い末っ子のところへ辿り着いた。
「エース! さっきの火の玉おまえだろ!」
「おれ知らねェ」
「嘘つけ! あんな的確な蛍火が他にあってたまるか!」
危うく大事な尻に引火しそうになった包帯を引きちぎって文句を言うサッチに、横にいたマルコが口を開いた。
「……サッチ」
「あァ? なんだよマルコ」
「乳首勃ってるよい」
「ホントだ。すげー勃ってる。てか寒くねぇ?その格好」
秋島の夜は冷える。どうせ全身を包帯で巻くのだから下に服を着れば良かったのに、変な男気を出してしまったサッチは肌着以外は何もつけていない。認めるのはイヤだが、エースの指摘通り正直寒い。
「エース、あれは寒さじゃなくて刺激で勃ってんだよい」
「へぇえ。サッチあんな顔してんのに感じやすいんだな」
「うっせぇ! 顔も乳首も関係ねぇだろ! おれさまは恐怖のゾンビ男だぞ。さっさと菓子を寄越せってんだ! ……あ、もしかして」
よい? と小首を傾げる1番隊隊長に、包帯男はだらしなく頬を緩めた。
「もしかして、イタズラ待ち? それならおれ、全力で"イタズラ"すっけど? 夜は冷えるし部屋のベッドでしっぽりと……ゥァッチィイイッ!!!」
容赦ない火の玉小僧の攻撃に、サッチは今度こそ燃えて丸出しになった尻を押さえて逃げ出した。
「お菓子くれなきゃ、イタズラするってんだよ!」
満身創痍の包帯男は一人で盃を傾ける16番隊隊長の背後に立ち、半ばやけくそ気味に呪文を唱えた。
「あン?」
機嫌よく酔っぱらっているイゾウは、さして驚きもせず振り返った。ちなみに彼と飲んでいた部下たちは全員潰れて甲板の床と懇ろになっている。
「菓子よこせ! おまえは持ってねぇだろ! いいや持ってねェはずだ! だからイタズラさせろ!」
気合が入りすぎて若干カタコトになっているサッチに、「ああ」とイゾウは納得した。
「菓子なら用意してる」
「へっ!?」
イゾウはしれっと答え、懐から花やら鳥の形をしたチップのようなものを取り出した。
「イゾウ、それ何? 食えるの?」
菓子と聞こえて反応したエースがいつの間にか来て覗き込む。無邪気な弟の姿に、伊達男は柔らかく微笑んだ。
「落雁と言ってな。ワノ国の菓子だ。見た目は地味だがなかなかいけるぞ」
あーんと開いた口に放り込んでやると、エースは幸せそうにバリバリと噛み砕いた。
「うめぇな! 栗の味がする!」
「ご名答。これは栗落雁だ。ほら、これやるから、マルコと一緒にお食べ」
「サンキュー! マルコー! イゾウにお菓子貰った~!」
バタバタと甲板を駆けていく末っ子の背中を見ながら、サッチはとてもヤバい状況に晒されている気がしていた。
「菓子をやれば、イタズラはされないんだよな?」
「お、おう」
「食いたいか?」
「あ、あぁ。まぁ……」
悲しいかなコックの性で、サッチは初めて見る「ラクガン」とやらがどんな味なのか興味を持ってしまった。しかしここで菓子を受け取ってしまうと、計画はパァだ。サッチは大いに悩んだ。
「じゃぁ、この菓子やるからイタズラさせろ」
ふふん、と笑って言うイゾウの何と憎たらしいことか。
「いや、それはおかしいだろ」
「そうか? では残りもエースに」
「待って。待って下さい。イゾウさん」
菓子を持ち上げた着物の裾をはっしと掴み、サッチは陥落した。差し出された菓子はとても上品な色合いで、口に含むとふわりと甘さが広がった。しかしその余韻に浸る間もなく冷たい声が浴びせられる。
「おれの目の前で乳首とケツを晒してウロウロするとは大した度胸だ。よっぽど犯されたいらしいな」
「ばっ! んなワケねェだろ! 不可抗力だっての!」
「どうだか。あんたは無自覚でやらかすからな。まぁ言い訳は部屋でゆっくり聞くさ」
イゾウの絶対的な声音に逆らえない包帯男は、渋々彼の後をついて部屋へ向かった。そこに「サッチ」とマルコが声を掛けた。
「ンんだよ」
「菓子は用意してないから、これやるよい。好きなの買え」
ピン、と飛んで来たものの正体は、月夜に光るベリーコインだった。
「~~~~~~~!!!」
哀れなゾンビは声にならない悲鳴を上げ、今宵もイゾウに美味しく『イタズラ』された。
(おわり)
------------------------------------------ 安定のバカッチです。 Happy Halloween!
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