「でっけぇ月だなァ」
ぽかーんと口を開けて空を眺めるエースに、マルコは苦笑した。
「口開けて待ってても、月は落ちてこねェよい」
「……!いくらおれでも月まで食わねェよ!」
エースの抗議をハイハイと流しながら、マルコも天を仰いだ。
イゾウによると、ワノ国では今日は「中秋の名月」といわれる日で、月がとてもきれいに見える日らしい。その時に供える「月見団子」なる存在を知った途端、エースが「なぁサッチ!団子作ってくれよ!!オヤジィ!!宴しようぜ!」と白ひげにねだり、末っ子に甘いオヤジの鶴の一声で、モビー号は月を愛でながらの大宴会となった。
月が昇る前から始まった宴はそろそろ終盤を迎え、一通り飲んで騒いで潰れる者もいれば、静かに月を眺める者もいた。
エースも大分腹も満たされ、団子を片手にではあるが、月を飽きることなく見つめていた。
「エース、上ばっかり見てたら疲れるだろい」
「だって、すげーきれいなんだぜ?見ないと勿体ないじゃん」
「他にも楽しみ方はあるよい。見てみろい」
マルコは先ほどからずっと見上げたままのエースの視線を自分の手元に移させ、手に取った盃に酒を注いだ。
盃を覗き込んだエースの顔がぱぁと輝き、マルコも思わず頬が緩んだ。
「すげ、酒ン中に月がある」
「これなら月も飲めるよい」
「だから飲まねェって!」
クックッと笑いながら、マルコはその酒を一気に飲み干した。
「今度はこっちだ」
船の縁にエースを連れて行き、海面を指差した。
「わ、波にも月が見える」
「舟遊び、というらしいよい。昔の人間は敢えて船に乗って、水面に揺れる月を楽しみながら酒を飲んだりしたらしい。ずっと船の上にいるおれたちには、うってつけの楽しみ方だねい」
「すげー、マルコは何でも知ってるな!」
きらきらと尊敬の念を満面に浮かべ、エースがマルコを見上げる。
「イゾウの受け売りだよい」
「でもすげェよ!おれ、聞いても忘れるし!」
だから書類を忘れてはおれに蹴られるんだねいと喉元まで出かけたが、マルコは根性で耐えた。
怒るエースも可愛いが、ここは静かに月を愛でたい。
再び視線を天に向けた可愛い末っ子を、マルコはしばらくの間、静かに眺めた。
「……エース」
「ん?」
振り返ったエースの背面には、大きな満月。
ああ、太陽が似合う男だが、月もいい。まるでこの男の秘めた想いを、静かに燈しているかのようだ。
「月がきれいだねい」
改めて言われるその言葉に、エースは一瞬何かを感じたが、
「……そうだな!マルコって意外とロマンチックなんだな!」
と、いつも通りの屈託のない笑顔で返事をした。
「意外は余計だよい。おっさんでも夢は見るよい」
マルコの言葉に、少しぬくもりがあったのは気のせいだろうか。
「さァて、冷えてきた。そろそろ部屋に戻ろうかねい」
「うん。あ、なぁ。今日マルコの部屋で寝てもいいか?」
「じゃぁ部屋で飲み直すかい」
「うん!」
絶妙な距離感で部屋に戻る2人の姿を、サッチは遠目から生ぬるく見守っていた。
「……うーわ……あいつ、あんな口説き方するのかよ」
親友の思わぬ一面に何とリアクションしていいのか分からないまま、サッチは思ったことを口に出していた。
「風流でいいじゃねェか」
そんなサッチの呟きを、イゾウは気に入りの酒を傾けながら肯定した。
「でも肝心のエースは、あの言葉に何の意味があるのか分かってねェよな」
「ああ」
「痺れを切らしたマルコが食っちまったり?」
「どうだかねぇ。案外エースから襲っちまうかもな」
「マジかよ!エースもまんざらでもねェのか!?」
「何かよくわかんねェけど、モノにしとけって本能で思うんじゃないか?エースなら」
「ハハ!有り得るな!」
おそらく本当に「飲んで寝るだけ」であろう2人が船内へ姿を消したのを見届け、イゾウはするりとサッチの横にその身を寄せた。
「ところでサッチ」
「……んだよ」
「おれは『死んでもいい』んだが?」
「……ぶっ!ばァか!言ってろ」
上機嫌に笑うサッチの横顔を、イゾウはその切れ長の瞳で満足気に見つめた。
「おれたちも戻るか。部屋で飲みなおすか?」
「何もしねェなら付き合うぜ」
「"嫌がること"は何もしねェだろ?」
「バカヤロー」
先ほどの2人よりは近い距離で歩き出した2人の背中を、月はただ、静かに照らした。
(おわり)
--------------------------------- タイトルは梅酒の銘柄「彩空(さいくう)」より。
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