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執筆者の写真丘咲りうら

仔猫と美丈夫 (イゾウ×サッチ)

「あ~。気持ちいいなァ」

 若草が敷き詰められた丘の上にごろりと寝そべったリーゼント頭が、満足そうに伸びをした。揺れない陸の上に直に寝そべって昼寝をするのも、海の上で生きる人間にとってはなかなかの贅沢ではないだろうか。潮を含まない乾いた風は、さらりと頬を撫でていく。

 さして大きくはないこの港町に、サッチをはじめとする4番隊を乗せた黒鯨が寄航して3日目。長期遠征中の16番隊とここで落ち合う予定になっている。引き継ぎをしたら、次は4番隊が交代して遠征に向かう手はずだ。「嵐で遅れているが、問題なくこちらへ向かっているので休暇を楽しんでろ」という16番隊隊長のありがたいお言葉に甘え、予定外の休暇を持て余したサッチはあてもなく街中をうろついた。しかし必要な物資は初日に手配をしたし、とりたてて欲しいものもない。仕方ないので黒鯨に戻り、「合流したら宴でもやるかぁ!」と腕まくりをしたところで、「その気力は遠征中のおれたちの食事に回してください」と部下に再び船を追い出された。今日は街で一番と評判の酒場を貸し切りにしているらしい。集合場所の店の名前を言い聞かされ、とぼとぼと船を背に歩いたときに見つけたのが、この小高い丘だ。

「何か除け者にされた感じィ」

 拗ねたところで時間が縮まるわけではないが、恨み節が口から零れる。それぐらい、部下のサッチへの態度は冷たかった。もちろんそれはひとたび遠征に出れば誰よりも働く隊長(隊長とはそういうものだとサッチは思っているのだが)を労りたい部下の心遣いで、サッチもそれを理解している。だから多少の辛辣な扱いも甘んじて受け入れるが、マルコほどではないがサッチも動いている方が性にあっているので突然降って沸いたこの時間を持て余していた。

「ま、時間まで昼寝でもしますかァ」

 春島の陽気は穏やかでぽかぽかと温かい。ここで昼寝もいいだろうとふぅと一心地ついたサッチの服を、何かが引っ張った。

「ん? ……何だおまえ」

 どこからやってきたのだろう。短い足を駆使してサッチをよじ登っているのは、まだ爪が出たままの仔猫だ。ずり落ちそうになる首根っこをひょいと掴んで、厚い胸板に乗せてやる。

「どうした、こんなとこにひとりぼっちで。母ちゃんとはぐれたか?」

 突然乗せられた場所が分からずきょとんとする仔猫は、生まれて数ヶ月といったところか。しばらくきょろきょろと様子を見ていたが、アーモンド形の瞳はあっという間に好奇心に満ち、しゃべるたびに動くサッチの顎髭をちょんちょんと短い足をのばしてさわり始めた。

「こら、やめなさいって。くすぐったいだろ」

 もー、しょうがねぇなァとひとしきり相手をしてやる。大男相手に怯まず無謀に戦いを挑む凛とした顔立ちは、どことなく麗しの16番隊隊長を彷彿とさせた。

「おまえさん、将来美人さんになるぜ~。女を見る目ならピカイチのサッチさんが言うんだから間違いねェよ」

 そう言えば、イゾウと恋仲になってどれぐらいになるだろう。散々逃げ回ったのに結局捕まえられて、もうずいぶんと経った気がする。何度断っても邪険にしても「あんたがおれに惚れるのは必定だ」と言い切り、有言実行を地でいく男は実際その通りに事を進めた。繊細なように見えて豪快な男だが結局のところは見た目通り緻密な作戦を得意としていて、特に「獲物」をじわじわと追い詰めるセンスはあの1番隊隊長を凌駕するとサッチは密かに思っている。  何だかんだで恋仲になり、イゾウの思惑通り事が進んだことは少々癪ではあるが、これはこれで居心地がいいものだった。遠征での彼の活躍を家族とは違う感情で見守ることが出来るのは、少し誇らしい。

「けど、す~ぐバトンタッチなんだよなァ」

 ここにいる本来の目的を思い出し、サッチは軽くため息をついた。4番隊は明日未明に16番隊の後任として出航する。ざっと計算して2ヶ月の長期遠征だ。16番隊が大幅に期間を縮めてくれたのだが、長期には変わりない。

「ゆっくり話す時間もねェってか」

 何しろ3ヶ月もまともに話していない。せっかくの夜を恋人との時間に割きたいのはやまやまだが、16番隊の労いと4番隊の健闘を祈る宴に、隊長が顔を出さないわけにはいかないだろう。  胸の上で穏やかな寝息を立て始めた仔猫をちらりと見やり、「ま、しょうがねェよなァ」とサッチも瞳を閉じた。

 どれぐらい微睡んでいただろうか。胸の上のわずかなぬくみと重みが消え、サッチは緩やかな眠りから覚めた。先ほどまでよく眠っていたはずの仔猫は、いつの間にか隣に座っていた男の膝の上に乗り、当たり前のように背を撫でられていた。

「遠征前にかわいこちゃんと浮気とは、大した度胸じゃねェか」

 凛とした美声が猫を撫でながら苦言を呈した。あれほど遊んでやったというのに恩義を感じない猫は困ったもんだねェと敗北のため息をつく。

「あーんまりにも遅いから、こいつに鞍替えしてやろうかと考えてたところだ」 「はん、出迎えにも来ねェで何言ってやがる」 「邪魔だからどっか行ってろって言われたんだよ」 「やれやれ。天下の白ひげ海賊団の4番隊隊長の名が泣くな」 「今更だろ。いつ着いたんだ?」 「2時間ほど前だ。あんた以外の隊員が総出で出迎えてくれた。よくできた隊だな。部下は」 「隊長の教育が素晴らしいからな」 「その隊長はこんなところで猫と懇ろなんだから、部下も報われねェな」 「かァわいい猫ちゃんには目がなくてな」 「ふぅん。そうかい」

 こんな嫌みな言い方をするのは、かの1番隊隊長の影響であることは間違いない。言葉とは裏腹に上機嫌な色をした16番隊隊長の男らしい手は、変わらず仔猫を撫でている。その横顔を見てサッチは(ああ、やっぱり)と気付き、すぐさま指摘した。

「……少し痩せたか?」 「まァな」

 身近にいる者しか分からない(気付くのは自分だけでありたいとサッチは密かに願ったが、聡い隊長達は口に出さずとも気が付くだろう)イゾウの少しほっそりとした頬を、するりと撫でた。いくら順調だったと言っても、厳しい任務だったことに変わりはない。隊長という肩書きは、言葉以上に重圧と誇りがあった。

「また食ってねェし、寝てねェな」 「隊長なんてそんなもんだろ」 「気持ちは分かるが、少しは部下を信頼して睡眠ぐらいはとれっつってんだろ」 「そっくりそのまま、あんたに返すよ」 「減らず口は健在だな」 「おかげさんで。……ああ、あんたに渡すものがあったんだった」

 撫でられる心地よさに再びうとうとし始めた仔猫を起こさぬよう、イゾウは最小限の動きで袂から小袋を取り出して渡した。

「おいおい、こりゃァまた豪勢な土産だな」

 袋からざらりと出てきた小さな黒い粒に、サッチは驚きを隠せない。独特の香りが鼻腔をくすぐるその正体は、同量の金貨と交換されることもある胡椒だ。

「討伐した船に積んであってな。あんた、欲しがってただろう。誕生日にはちィと遅れたが」 「大したお宝じゃねェか。何万ベリー分だよ」 「ほんの一部さ。オヤジとモビーの分は別で取ってあるから、これはあんたが好きに使えばいい」

 とは言ったが、この男は愛する家族のために大半を使ってしまうことを、イゾウは知っている。サッチはそういう男なのだ。  本来なら彼の誕生日に戻るはずだったが、海賊なんて生業をしていて予定通りにいくことなんてほとんどない。ましてや同じ家族で、男で、恋仲だ。つまり「私と仕事、どっちが大事なのよ」みたいな面倒なやりとりが省かれるし、サッチもイゾウもそんな小さいことにはこだわらない。生きていてくれるだけで十分だ。

 ぴくん、と仔猫の形のいい耳が動き、ぴょこりと頭をもたげた。イゾウは優しい視線でひと撫でし、言った。

「ほら、母さんが待ってるからお帰り」

 賢い仔猫は、みゃう、と一声あげ、イゾウの手をぺろりと舐めて一目散に丘を駆け降りて行く。その先には兄弟を連れた親猫が心配そうに様子を見守っていた。

「ああ、母ちゃんいたんだなァ。良かった」 「あんたは猫にまでもお人好しなんだな」 「だってよォ、独りは寂しいだろ」

 家族以外にも何かと情を込めるサッチの優しさがイゾウは好きだ。もちろん、ひとたび敵となれば容赦なく斬り捨てる無情さもひっくるめて。

「さァて。可愛げがねェ猫だけになっちまったし、おれも愛する家族の元へ戻りますかァ」

 そう言って起き上がろうとしたサッチを、イゾウがのしりと組み敷いた。

「……にゃおん」 「……ったく、おまえはよォ。そーゆーのは反則だろ」

 滅多にない彼の悪戯に、とうとうサッチは噴きだした。つんとすました顔をしているくせに、実は茶目っ気がある。このギャップは本当に反則だ。ああ畜生、完全に惚れちまってる。

「猫ちゃんと遊びたいのはやまやまだが、寂しがりのサッチさんも皆の所へ戻らねェとな。あいつらがおまちかねだ」 「宴なら、もう始めさせてるぞ。寝坊助隊長の代わりに乾杯の音頭だけ取ってきた。今頃あんたの悪口で大盛り上がりさ」

 気が利く16番隊隊長の計らいに、サッチは苦笑するしかなかった。

「ヒヒッ。そりゃぁすまなかったなァ」 「あいつらだって、おれたちがいたら出来ない話もあるだろう。最後だけシメて明日に備えればいい」 「物わかりのいい隊長サンで、部下は幸せモンだなァ」 「予定が押して、ゆっくり出来なくなったからな」

 本来であれば丸1日引き継ぎがあったのだが、16番隊の到着が遅れたことで慌ただしい出航となった。だがサッチは、どうしてもイゾウの言葉を額面通りに受け取ることが出来なかった。

「……なァ、それってもしかして、誘ってんのか?」  「他にどういう意味が?」

 こんな場面でも竹を割ったような性格がちゃんと主張する。だからこの男と一緒にいるとまっすぐで面白いのだ。

「夜からシケこんで、あんたの腰を役立たずにするのはさすがに気が引けるからな」 「よっく言うぜ。おまえさんこそあいつらをモビーに連れて帰れんのかよ」 「余計な世話だ」

 この男がこんな昼日中からそんな提案をするとは思ってなかったので意外だった。少しでも早く休ませてやるべきなのは分かっているし、今から出航する隊長が朝帰りなんて笑えない。だが降ってわいた僅かな「空き時間」にサッチは否応なしに浮かれた。そうと決まれば話は早い。サッチはのし掛かったままの伊達男にキスを送り、共に立ち上がった。 「さァて。お部屋は空いてますかね~」 「チェックイン済みだ」 「……おまえさんって、ムッツリだよな」 「褒め言葉だよな?」

 ふふと笑い、丘をゆっくりと下る。先ほどの猫が、兄弟たちと戯れているのが遠めに見えた。

「次会うときは、あいつが母ちゃんになってるかもなァ」 「見なかったのか? あいつはオスだ」 「へ? そうだったか?」 「見る目のない隊長さんだ」 「そうかァ? こんなべっぴんさんに見初められたんだから、悪くはないと思うぜ?」 「は、言ってろ」

 そよそよと流れる風に、ふぅわりと胡椒の香りが舞った。

(おわり)

-------------------------------------------- サッチ誕2016 お誕生日おめでとう!

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