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執筆者の写真丘咲りうら

一寸イゾウ (イゾウ×サッチ)



「たのもう、たのもう」

 都に着いたイゾウは、一番大きなお屋敷の前で声をあげました。声を聞きつけた門番がきょろきょろと辺りを見回しますが、それらしき姿は見えません。首をひねった門番の脛に、イゾウは思い切り針を刺しました。

「いってぇえ!」

 飛び上がった門番が足を抑えてうずくまりました。そこでようやくイゾウの姿を見つけ、更に驚きます。

「うわ、ちっさ。なにこれ、人形?」 「人聞きの悪いことを言うな。おれはイゾウ。れっきとした男子だ」

 憮然と言い返したイゾウを、彼はしゃがみこんでまじまじと見ました。そっと伸ばした手にひょいと乗ったイゾウを、門番はとても気に入りました。

「へぇ。おれはエース。ここで門番やってんだ」

異変に気がついたらしいもう一人の門番が、こちらへ近づいて来ました。

「何拾ったんだい。エース」 「あ、マルコ。こいつイゾウっていうんだって。門番に置いてもいい?」 「いいわけねェだろい。そんな得体の知れないやつをお前のそばに置いといて、何かあったらどうする。サッチにくれてやれ」

 異国の果物に似た髪型をした男は、イゾウを一瞥してそう言い放ちました。どうやら彼が心配しているのは、この家の警備ではなくエースと呼んだ青年の貞操のようでした。

「えー? サッチに? もったいなくねェ?」

 サッチという人物がどんな人かは知りませんが、イゾウは興味を持ちました。その表情に気がついたマルコが続けます。

「サッチはここのお姫様だ。色々事情があって幽閉されている。男として名を上げたいなら、あいつのそばについてせいぜい助けてやるんだねい」

 イゾウはマルコとエースに連れられ、奥の間へと通されました。屈強なむさ苦しい男たちが何人もいる部屋で、つまらなさそうに座っているリーゼントヘアのお姫様を見つけました。

「……都のお姫様は、趣向が変わってるな」

 どこからどうみてもおっさんのお姫様に、イゾウは素直な感想を口にしました。

「うるせェってんだ。おれだって好きこのんでこんなことになってるんじゃねェ。家のしきたりでこうなってるだけだっての」

 踏ん反り返ったまま文句を垂れた彼こそ、この家の大事な大事なお姫様でした。

「今晩、鬼がこの家の姫を攫いに来るって予告があった。大変残念だが、該当するのはそのリーゼントだけだよい。今晩はここに泊まってサッチの守りでもしとけよい」

 その夜のことでした。屋敷の周りに突然雷鳴が鳴り響き、ざあざあと大雨が降って来ました。バリバリ! と庭の大木に雷が落ち、屋敷中の人間がてんやわんやしている間に、サッチは攫われてしまいました。

「ちくしょう。やられたよい」

 ちっとも悔しそうではないマルコが呟きました。

「なァ、マルコ。イゾウがいないんだけど」

 大きな出来事の小さな異変に、エースが気づきました。

「さすがおれのエースだねい。ということは、イゾウはサッチについてるだろう。あとはイゾウに任せるよい」

 一方イゾウは、屋敷が混乱している中でもサッチのそばを離れませんでした。雷が落ちて部屋が暗闇に呑み込まれた時、イゾウはサッチのリーゼントに潜り込みました。セットが乱れるだのと言っていたような気がしますが、そんなものはおかまいなしです。イゾウの読みは当たっていました。混乱に乗じてサッチはあっという間に鬼の手下に攫われ、遠い島へと連れて行かれました。そこで彼は、言葉にはできないような恥ずかしいことをされていました。

「ちくしょう、やめろ! やめろってんだ!」

 とんでもない辱めを受けたサッチが抵抗しますが、鬼は容赦なしに彼を蹂躙します。それをリーゼントの影から見ていたイゾウは、たまらず飛び出ました。

「やめろ!」

 突然出て来た小人に、鬼たちは仰天しました。イゾウは小さな体で奮闘しましたが、体格差と数には勝てず、とうとう一番大きい鬼の口の中へ放り込まれてしまいました、擦り潰そうとする歯を避けながら、えいやと腹のなかに飛び込み、辺りを見回しました。どうやら胃の中のようです。

「早く出ないと溶けちまうな」

 冷静に状況を判断したイゾウは、腰から針をすらりと抜きました。懐から懐紙を取り出し、中に挟んでおいた草を針の先に擦り付けました。ちなみにこれは強い神経毒を持ち、体内に入ると幻覚症状が現れるものです。毒針と化したそれを、イゾウは鬼の腹のなかで丁寧に刺し続けました。やがて鬼の呻き声が聞こえ始め、ぶるぶると体が震え始めました。体が大きく痙攣をしたその時、イゾウは食道を駆け上がり、鬼の体内から脱出しました。その頃には鬼は白目を剥き、幻覚に苦しめられていました。

「……うわー……。おまえさん、一体何したんだ」

 あられもない姿になっているサッチは、イゾウと鬼を見比べてドン引きしました。

「助けてやったのにそれはないだろう」 「いや、でもなァ……」

 まだ若干怯えた目をしているサッチを無視し、イゾウはくるりと鬼に向き直りました。

「もう悪さはしないか」 「しません!」 「一生しません!」 「これあげるから帰って!」

 鬼たちは口々に言い、サッチに包みを持たせると早々に島から追い出しました。

 無事に屋敷についたサッチとイゾウは、鬼に手渡された包みを開きました。中には見慣れない槌(つち)が入っています。

「これは噂に聞く『打出の小槌』ってやつかねい」 「マジ? なんでも願いを叶えてくれるやつ?」

 後ろから覗き込んだマルコとエースが盛り上がります。

「うまいもんとか出してくれるのかな?」 「おまえは花より団子だねい」 「サッチ」

 イゾウがサッチに声をかけました。

「これで、おれを大きくしてくれ」

 手に取った打出の小槌を見て、サッチは考えました。イゾウが鬼の腹の中で何をしたかは知りませんが、助けてくれたことは確かでした。よし、とサッチはイゾウに向き合いました。

「大きくなぁれ、大きくなぁれ」

 するとどうでしょう。一寸ほどしかなかったイゾウの体がぐんぐんと大きくなり、あっという間に立派な大人の体になりました。



 エースの感嘆に、マルコはため息をつきました。一寸だった彼が突然六尺ぐらいにまで成長したのですから、イゾウの服は全て破れ、生まれたままの姿になっていました。そこにご立派な彼自身がどうこうなっているので、教育上大変よろしくありません。

「さ。一件落着したし、持ち場に戻るよい。エース」

 まだ話したがるエースを引きずるようにして、マルコは門番の仕事へと戻りました。これ以上ここにいると、いろんな意味で危険です。

「え、あ、おい、ちょっと待てって!」

 助け舟がいなくなったサッチは焦りました。この状況で一人にされてはどうしようもありません。しかし仕事熱心な門番は、部下を連れてさっさと下がってしまいました。

「……サッチ」

 どこかうっとりとした声で、イゾウが話しかけます。

「やっと大きくなれた」 「……色々な」

 目を背けながら、彼は返事をしました。

「おれと夫婦になってくれ」 「……おれ、野郎ですけど?」

 家のしきたりで姫の姿をしているとはいえ、サッチも立派な男です。何なら胸毛も生えています。

「あんたが鬼たちにどうこうされている時、おれは何もできなかった」

「まぁ……しょうがねェよな。そのサイズだし。でもよ、隙を見ておまえだけでも逃げたらよかったじゃねェか」

 お人よしのサッチは、イゾウだけでも助かって欲しいと思っていました。だから彼が自分のリーゼントから飛び出し鬼に食われた時は、とても悲しかったのです。

「今なら、対等だ」 「……まァな」

 サッチは嫌な予感がしました。どう、とは説明できませんでしたが、なんだか嫌な予感がしたのです。そしてそれは見事に的中しました。

「おれも、鬼のようにあんたをどうこうしたい」

 それはサッチにとって最悪の答えでした。

「は!? おまえさ、おれがあいつらにどんな目に遭わされてたか見てただろ!?」 「ああ。だからおれも、あんたにああいうことがしたい」 「そんなことのために、小槌を振らせたのか?」

 こくりと頷いたイゾウを見て、サッチはため息をつきました。まったく、なんと莫迦な男なのでしょう。

「……とりあえず、服着ろよ」

 サッチは羽織っていた赤い打掛を脱ぎ、イゾウに掛けました。贅を尽くした絢爛なそれは、イゾウの白い肌によく映えます。

「……おまえさんのほうが、よっぽど似合うな」

 笑ったサッチに、イゾウはたまらず押し倒しました。ばさりと打掛が二人を包みます。

「サッチ……」

 切羽詰った瞳で自分を組み敷き見つめる青年に、サッチは観念しました。

「なんて物好きな若様だ。せいぜい、大事にしてくれよな?」

 こうして小さな法師と都一番のお姫様はめでたく結ばれ、末長く幸せに暮らしましたとさ。

(おしまい)


---------------------------------------------- 2017.8.20 SCC関西23 無配

miho*mihoさん(@danbat_miho)との即興合作です。 まさかこんなに素敵な無配になるなんて、夢にも思ってませんでした。 miho*mihoさん、本当にありがとうございました!

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