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執筆者の写真丘咲りうら

揉み方三年 切り方三月 (イゾウ×サッチ)

「お。イゾウちゃんみっけ」

うららかな昼下がり。イゾウが気に入りの場所であるメインマストの下に積まれた木箱の上でキセルを燻らせていると、眼下の甲板からにょきりとフランスパンが生え、そのままひらりと飛び乗ってきた。

「んだよ」 「お、ご機嫌斜めだな」

だったら放っておけばいいのに、男は構わず彼の横にどっしりと陣取った。

「何か用かよ」 「べっつに。用事がなきゃ話しちゃいけねェ仲でもないだろ?」

そう言うと、男は胸元のポケットからタバコを取り出し、イゾウに倣って火を点けた。うまそうに煙を吐き出す姿をちらりと見やり「ふん」とそっぽを向いた新米隊長に、男がヒヒっと笑う。

「ほんっと。おまえさんはおれには心を開いてくれねェよな」 「何を考えてるか分からないヤツは信用出来なくてね」 「あ、それおまえが言っちゃう? おまえだって大概わかんねーぞ?」

サッチ傷ついちゃう、と男は呟き、再び紫煙を吐き出した。16番隊の結成時に同隊隊長として就任したイゾウは、この男があまり得意ではなかった。変に明るくていつでも調子のいいことを言い、宴となると真っ先に脱ぐ。だが4番隊隊長の肩書きは決して伊達などではなく、諜報、特攻、奇襲と何でもござれだ。その先鋒を切るのがこのリーゼントで、いざとなれば誰よりも冷静かつ冷酷に敵を仕留める。 うまく言えないが、得体が知れないのだ。だからイゾウはこの男が苦手だった。

「ああ、用事がないわけじゃなかったんだ」

男がゴソゴソとポケットを探り始めた。全く少しもじっとしていない姿に呆れながらも、イゾウは待つことにした。まだ刻み葉に火を点けたばかりなのだ。

「これこれ。おまえさん、これが何か知らねェ?」

渡された小さな麻袋には、米粒より一回り大きい三角形の黒っぽい実が入っている。

「部下がこないだの上陸で山ほど買って来たんだけどよ。肝心の調理法を聞いてきやがらなくて、いくら煮込んでも全然煮えねェし、挽いてパンにしてみたけどボソボソしててちっとも旨くねェの。色んな生まれのやつに聞いて回ってるが、手がかりがなくてよ。イゾウちゃん、知らない?」

大の男をガキを呼ぶみたいに言う姿勢は相変わらず気に入らないが、この実はそれを差し引いてもイゾウはの興味を引くものだった。

「これは、蕎麦の実だ」 「ソバ? ヌードルのか?」 「ああ。秋島の蕎麦ということは、新蕎麦だな。香りもいいし、きっと旨い」 「へェ」

やっと解決した謎の実を、リーゼントがしげしげと見つめる。

「ソバかぁ。殻がやたら固くて苦労したんだぜ? 挽いても挽いても黒っぽいし」 「挽いた粉はどれぐらいある?」 「1ポンドぐらいだな」

それだけあれば1回分は作れると皮算用をしたイゾウを、リーゼントが期待の眼差しで見つめる。はっきり言って気持ち悪い。

「もしかして、作り方を知ってるとか?」 「ただのそば打ちだ。素人のな」 「うちにはその素人も乗ってねェの。まだ麻袋に山のようにあるんだ。頼むよイゾウちゃん。後生だから作り方を教えてくれ」

正面切って拝まれ、イゾウはため息をついた。おれは仏様ではない。

その晩。イゾウはキッチンに立っていた。着物の袖が邪魔なるのでたすきを掛けただけだというのに、「まるでソバ職人だ」と世辞を言うリーゼントを無視し、作業に入った。思った通り新物の蕎麦で、爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。遠い昔に故郷で教わったことを思い出しながら手を動かす。水回し、菊練り、へそ出しと進め、麺棒で薄く伸ばしてナイフで切った。普段包丁を握らないので太さはまちまちだが、そこはご愛嬌だ。

「湯、いけるか?」 「はいよ」

いいタイミングで沸いた湯に、切った蕎麦をぱらぱらと入れる。生のそれはすぐに茹で上がり、氷で手早く締められた。

「つゆまで辿りつかねェ。塩で食う」 「じゃァ、これを使ってくれ。サッチさん秘蔵の岩塩だ」

きんと冷えた蕎麦の上に削った塩を振りかけ、特製ざる蕎麦の完成だ。

「久しぶりだから。手際が悪かった」 「んなことないさ。1時間も経ってねェ。大したもんだ」 「食おう。蕎麦は出来立てが一番なんだ」

二人でそれぞれに蕎麦をすする。するりとした喉越しと新蕎麦特有の爽やかな香りが鼻を突き抜けた。

「……旨いなァ」 「ああ」

言葉少なに2人は食べ進めた。夜食程度には十分だが、たった1ポンドでは2人で食べてしまえばあっという間に終わってしまう。

「ごっそさん。すげー旨かった。作り方も大体分かったし、残りの蕎麦も無駄にならずに済みそうだ」 「蕎麦は温かいのも旨いんだ。これから冬島に向かうから、オヤジには生姜を効かせたものでもいいい」 「ショウガ? ああ、ジンジャーな。じゃぁ今度はそれ作ってみっか。ところでおまえさん、実はソバ打ちが得意とか?」 「なぜだ?」 「ソバの話をし出してから、何度か鼻を触ってたからよ。普段料理なんてしない割にやたら手際が良かったし、自信がある時って、鼻とか顎とか顔のパーツを触ることが多いって聞いたことがあってな」

向こうは何気なく言ったことだろうが、イゾウはずばり指摘をされて動揺した。イゾウはかなりの蕎麦食いだ。前に訪れた島でも、1人食べ歩きをしていた。材料が揃っていれば自分の分ぐらいは賄える。そこまでして食べたいことはほとんどないので、やらないだけだ。

そんなことよりも、自分でも全く意識していなかった癖をあっさりと見つけその理由まで検証するこの男に、イゾウは今まで畏怖していた理由を見つけることができた。ヘラヘラしているようであっさりと他人の本質を見抜く目が「見えていなかった」のだ。油断がならないと思ったと同時に、「面白い」と感じたのは、性格か、海賊という生業故なのか。

「……なるほどな」 「まァ、また教えてくれよ。マジで助かった。サンキュな」

この男を、もっと知りたい。 腑に落ちた感情に、イゾウは抗わなかった。飛び込んできたのは向こうだ。ならばこちらは、受けて立つまで。 そば打ちは「揉み方三年 切り方三月」と言われるが、この男をものにするには幾年必要だろうか。もっとも、短期決戦型の性格なので何年もかけるつもりは更々ないが。

面白くなりそうな晩秋の夜。新米体長は鼻歌を歌いながらキッチンで後片付けをする4番隊隊長の背中を見やり、キセルに火を点けた。

(おわり)

------------------------------------------- 2017イゾウ誕

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