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執筆者の写真丘咲りうら

にらめっこ

「あいつ、そろそろ寝たかな」

 薄暗い手洗いの便座に腰をかけたサッチが、そわりとリーゼントを揺らした。短い上陸期間の中で偶然にも麗しの16番隊隊長との休暇が重なった愉しい夜。恋仲の2人はもちろん宿を一緒に取ったのだが、サッチは急に「腹痛」を発症した。もんどりうちながらトイレに駆け込み「イテテテテテ! こりゃどうにもならねェ! 悪ィ! 先に寝といてくれ!」と寝酒を嗜んでいたイゾウに声を掛けたのが約1時間前。覇気を発動して様子を伺うと、彼はすっかり夢の中の住人になっているようだ。

「うっし。行くか」

 使われた形跡がないトイレを流し、洗面所の鏡で確認した自慢の髪に一櫛入れて、白ひげ海賊団の4番隊隊長は『戦地』へと赴いた。

 抜き足差し足忍び足。ニンジャとやらにでもなった気分でベッドを覗き込むと、イゾウはよく眠っていた。すぅすぅと寝息を立てるその顔はどこかあどけなく、いつもの勝気な表情はなりを潜めていた。

「イゾーさん、寝てますかァ?」

 頬をつついて囁いてみるが、反応はない。きれいな富士額に手を置き、黒髪を撫でた。

(……かァわいいな)

 眠っていても端正な顔立ちを眺め、サッチは素直に思った。  最初に「あんたに惚れたみたいだ」と言われた時はめちゃくちゃ驚いた。からかっているのかと思ったが話をするうちに本気だと分かり、ほだされ、恋仲になり、あっという間にセックスをする間柄になった。突っ込みどころは山のようにあるが、海賊を生業にしている身に世間の常識など当てはまらない。互いが良ければそれでいいと思っているが、サッチはどうしても、どうしても納得が行っていないことがあるのだ。つまり、

「おれだってさァ。男なワケよ」

 セックスのポジションは、決まってイゾウがトップでサッチがボトム。付き合って随分経つが、これが覆されることはない。だがサッチだって男だ。自分で言うのも何だが、なかなかにご立派な息子もついている。アナルで得る快楽もすっかり身体に染みついているが、たまには突っ込みたいし、イゾウの快感に悶える顔だって見たい。何度も直談判したがけんもほろろにあしらわれ、挙句末っ子に「イゾウがOK出すより、サッチのちんこが干からびちまうのが先だな」と笑われる始末だ。じゃぁよそで突っ込むかと言われたら、情が深いサッチにはそれが出来ない。というか、確実にイゾウに殺される。では不意打ちでも何でもパートナーにポジションを交代して頂こうというわけで、今宵は一芝居を打って寝込みを襲うことにしたのだ。

 少しかさついた唇を指でなぞり、キスを落とした。紅をさしていないそこは無防備にサッチを誘い、淡く吸い付いつく。唇越しに伝わる甘い痺れに連動した下半身を(まァ待て待て)と牽制する。ベッドに乗ってイゾウの両側に手を置き、起きないことを確認して唇を下へ下へと落としていく。着物の襟から見え隠れする鎖骨に触れた時、ふっとイゾウが息を吐いた。だるまさんがころんだよろしく固まるが、起きる気配はない。帯を解いて露わになった肌は、サッチの大きな手にしっとりと吸い付いた。

(こんなにベッピンなのにバリタチなんだからなァ)

 しかも組み敷いてるのが、自分よりも遥かに体格のいいゴツいおっさんだ。どこがいいのかさっぱり理解できない。自分で言うのも悲しい話だが。

 それにしても、何と楽しいのだろう。いつイゾウが目を覚ますか分からないスリルに、サッチは異常に興奮した。ますますエレクトする息子を抑えつつ、期待に胸を躍らせてイゾウの下半身にやんわりと触れる。緩やかに兆したそこを解放すべく肌着に手を掛けたのだが、 (……これ、どうやって外すんだっけな)

 イゾウの国の肌着は独特だ。一枚の長い布を腰に巻いてナニを固定するのだが、サッチにはその仕組みがさっぱり分からない。気が付いたら巻かれてるし、外れている。知らない者からすればマジックのような布だ。そしてサッチは、時に「小道具」として活躍するこの万能な忌々しい布きれに、何度もイタイ目に遭っていた。だから使い方など知りたくもないのだが、これを外さないことには目的地にも辿りつけない。

(確かここをねじってたから……)

 左側にぴたりと密着した、ねじられてひも状になった布を引っ張ってみるが、びくともしない。あっれぇ、おかしいなと試行錯誤しているサッチの頭上に、ちっとも寝ぼけていない冷たい声が降りかかった。

「夜這いをするつもりなら、脱がせるノウハウも頭に叩きこんでおかねェとなァ」 「……ですよねェ」

 冬島のツンドラ気候よりも寒い空気が寝室に流れ込む。はァ、とサッチは観念してイゾウの上から離れ、ベッドに正座した。続いて起き上がった乱れた着物姿の色っぽさは、正直目の毒だ。

「腹の具合は?」 「おかげさまで、こーゆーことするぐらいには良くなったっていうか?」 「おれに乗ってた理由は?」 「お疲れのようだし、マッサージでもどうかなァ……と」 「褌を外してか?」 「あ~……リラックス?」 「ほう」

 サッチは、イゾウの部下たちに心底同情した。こんな陰湿な説教をされたら、たまったものではないだろう。もっとも、イゾウがこういった絡み方をするのはサッチ限定だし、そもそも彼の部下はここまでバカなことをしでかしたりはしないだろうが。

「なァ。寝てなかったのか?」 「うとうとはしてたさ。何しろ夜勤明けで寝てなかったからな」

 そうだ。だから今日という日を狙って誘ったのに。

「いつから起きてたんだ?」 「『あいつ、そろそろ寝たかな』ぐらいからだ」 「いや……、それ何で聞いてるの」

 トイレの中の独り言まで聞かれてるなんて、丸裸で彼の前に立つより恥ずかしい。もっと恥ずかしいことをしているのは、この際棚に上げておく。

「あんたこそ、覇気まで発動して様子を探ってたじゃねェか」 「や、だって襲ってみたかったし」 「おれはボトムはやらねェって、前にも言ったよな?」 「おれもたまにはトップをやりてェってのも、前に言ったぞ」 「突っ込みたきゃ、よそを当たれと言ったはずだ」 「マジでやったら、頭ブチ抜くだろ」 「当たり前だ」

 八方塞がりなやりとりに、サッチは再びため息をついた。そんなに難しいことは強要していないはずなのに、何故この男はここまでして拒絶するのだろう。アナルセックスだってイイもんなのになァと思うが、本人が嫌がっているのなら仕方がない。とりあえず「今回は」諦めることにした。

「あ~。もう。分かりました。スイマセンでした」 「誠意が見えねェ」 「こんなに誠心誠意謝ってるのに!?」 「どこがだよ。まァいいさ。足りない分は身体に払って貰う。1時間もこもってたんだ。さぞかしキレイにしてんだろうしなァ。今日はナカにたっぷり注いでやるよ」

 好色に光る切れ長の瞳に、サッチはとうとう笑ってしまった。こういう駆け引きは、先に笑ってしまったほうが負けなのだ。

「はいはい。優しくシテね」 「どうだかな」

 2人の休暇は、まだ始まったばかりだ。

(おわり)

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