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執筆者の写真丘咲りうら

かさこイゾウ

むかしあるところに、サッチという青年がおりました。優しくて働き者の彼はその日暮らしをするのがやっとの貧しい生活でしたが、それを悲観することなく慎ましく暮らしていました。

「さーて出来た。この笠を売って、餅ぐらい買えたらいいなァ」

 明日には年が明けるという朝、サッチは町へ出ました。貧しい彼は、新年を迎えるというのに餅の一つも買えない有様でした。正月ぐらいは贅沢をしたいと大事なわらで笠を五つ編み、売りに行くことにしたのです。  町は年末の買い物で賑わっていました。皆それぞれが買い物や商売に勤しんでいます。しかし笠は一つも売れませんでした。サッチは肩を落とし、しんしんと雪が降る山道を歩いて家路につきました。  道すがらには、とても個性的なお地蔵さんが六体並んでいます。サッチは通るたびに手入れをし、野花を活けていました。行きがけに手を合わせたお地蔵さんたちの頭には、昼から降り始めた雪が積もっていました。

「ああ、こりゃいけねェ。いくらお地蔵さんとはいえ、こんなに寒くちゃたまったもんじゃないよな」

 サッチは雪を手で払い、背負っていた笠を降ろして一体ずつ頭にかぶせました。ひげが立派な一番大きいお地蔵さん、妙な髪形をした鳥っぽいお地蔵さん、そばかすが愛らしいお地蔵さん、魚顔のお地蔵さん、そして妙に花が似合うお地蔵さんがそれぞれ雪から守られました。

「よし。これで少しは寒さをしのげるな」

 ところがお地蔵さんは六体あるのに、笠は五つしかありません。自分の笠はお地蔵さんに渡すには申し訳ないほどボロボロだったので、サッチは首に巻いていた手ぬぐいを最後のお地蔵さんにつけてあげることにしました。

「……ヒヒっ。相変わらず男前だな。すまねェが、あんたはこれで我慢してくれ」

 端っこのやたらと男前なお地蔵さんの頭に黄色い手ぬぐいを巻いたサッチは、「今日はいいことをした」と満足して家に帰りました。

 笠が売れなかったので、何も買えませんでした。貴重なわらも底を尽き、明日食べる物もありません。それでもサッチは笑っています。

「こんな貧乏人にも平等に新年が来るんだから、ありがたい話じゃねェか。一緒に過ごしてくれる嫁さんでもいてくれりゃァ言うことはないが、こんな貧乏なところに嫁ぎたいと思う人もいねェしな。贅沢言っちゃバチが当たらァ」

 明日のことは明日考えようと、サッチはいつもよりも早く寝床につきました。

 その夜のことです。外から聞こえる音に、サッチは目が覚めました。

『グラララララ。グラララララ』

 妙な笑い声と共に、何かを引きずるような重たい音が近づいてきます。やがて戸の前で、どすん、どすんと聞こえました。再び静かになってから、サッチはおそるおそる戸を開けました。

「……何だこりゃ!」

 サッチが驚くのも無理はありません。戸の前には米俵、餅、魚に野菜と様々な食糧が山のように積まれていたのです。慌てて外へ出ると、遠くの方に笠を被ったお地蔵さまがそりを引いて「グラララララ」と笑いながら山を下りていくのが見えました。後を追いましたがいつの間にか見失い、サッチは先ほどのお地蔵さんの前で立ち止まりました。変わらず鎮座している彼らでしたが、黄色い手ぬぐいを被せたお地蔵さんだけはすっかり姿を消していました。

「夢でも見ちまってるのかなァ」

 フラフラと来た道を戻り家に辿りつくと、家の前にあった食糧は綺麗になくなっていました。ああ、やっぱり夢だったんだと戸を開けると、中からすらりとした男が姿を現しました。

「うわっ!!」

 見たことがない美丈夫に、サッチは腰を抜かしてしまいました。言いたいことは山のようにありますが、うまく言葉になりません。

「気に入ってくれたか」 「お、おう……って、あんた誰だ」

 サッチはたじろぎながら尋ねます。すっと差し出された黄色い手ぬぐいを見て、あ! っと叫びました。

「それ……! お地蔵さんに……」 「おれがあの地蔵だ。礼をしに来た」 「へっ!?」 「オヤジが……、ああ、あの一番でかい地蔵が、あんたの日頃の行いにいたく感激していてな。それだけじゃない。せっかくの正月に餅の一つも買えないのに、おれたちに笠をかけてくれた。だから礼をしようとここへ来たわけだ」

 よく見ると、先ほど軒先にあった品々は全て家の中に運び込まれていました。腰を抜かしたまま言葉にならないサッチの手を、男がぐいと掴んで立たせました。

「ああ、悪ィ」 「イゾウだ」 「あ、イゾウ……な。サンキュ」 「あんた、嫁が欲しいと言ってたな」 「へ? 何で知ってんの?」 「地蔵だからな」 「……そっか」

 お地蔵さんじゃ仕方ないなと、サッチは変に納得してしまいました。

「おれの妻になるってのはどうだ」 「はっ!?」 「正直で働き者のあんたのことはずっと見てた。オヤジに相談したら大喜びで行ってこいと言われてな。兄弟も祝福してくれた。なァに、おまえに地蔵になれとは言わないさ」

 イゾウはそう言うと、決して小柄ではないサッチの身体をひょいと抱え上げ、いつの間にか敷いてあった煎餅布団に押し倒しました。

「え? え!? おまえさん、何言ってんだ!?」 「まずは夫婦の契りだな」 「ちょっと待て! おれもおまえも男だろ!」 「そんなことは大した問題じゃない」 「大問題だっての! それに何でおれが妻……って! ちょっ……こら! 褌を引っ張るなって! アッー!!」

 その後、少々強引なお地蔵さんに猛烈にアプローチされて絆されたサッチは、めでたくイゾウの妻となりました。相変わらず贅沢は出来ませんでしたが二人は小さな幸せを分かち合い、五体のお地蔵さんに見守られながら、末永く幸せに暮らしましたとさ。

(おしまい) ------------------------------------------ 2015.7.5 GLC4無配

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