「あの~……エースくん?」
ものすごい目つきで睨んでくる末っ子に、サッチは困惑した。外はハリケーンの真っ最中でやることもない。そろそろ寝るかと支度をしている時にドアを破る勢いでノックをされ、すわ敵襲かと急いで開けたら覇王色の覇気を丸出しにしたエースが立っていた。ベッドに辿りつく前に倒れそうになった自分に喝を入れ、何とか宥めて部屋に招き入れたのが20分ほど前。そこから椅子に座り込んだ彼に、ずっと睨まれている。
「一体どうしたってんだ。おれそろそろ寝たいんだけど?」
小さなハリケーンに、サッチが切り出す。ふん、と鼻から息を吹き出し、エースが答えた。
「マルコが来るんだろ?」
「マルコ? いや、別にそんな話はしてねェが」
1番隊隊長とはガキの頃からの旧い付き合いだが、それ故に互いの私室を訪れて話をするということはほとんどない。これほどに付き合いが長くなると、込み入った話でも皆がいる甲板の上でそれとなく出来るようになるものだ。だからマルコがサッチの部屋に来ることなど滅多にないのだが。
「マルコが言ってた」
「え、そうなの?」
当の本人が知らずエースが知ってるというのも変な話だ。まぁ別に来るなら来ればいいと、サッチは気楽に考えていた。
「あいつが来るなんて珍しいな」
彼が来ればエースが居座る理由もわかるかもしれない。解決の糸口が見えたサッチは、場を繋ぐためにいそいそと酒を用意し始めた。「おまえも飲むか?」と棚からグラスを出して振り返ると、またエースが睨んでいた。
「分かってるくせに」
「は? 何が?」
「マルコが来る理由だよ」
「いや、全然分からねェけど?」
はァ。とため息をつかれた。ため息をつきたいのはこっちの方だ。
「マルコが、サッチと寝るって言ってたんだ」
「はぁあああああ?!?!」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔でサッチは驚愕した。一体全体、何でそんな話になったのかが全く分からない。しかしエースが怒りまくってる理由ははっきりした。もちろん事実無根だ。サッチは慌てて否定した。
「ンなことするわけねェだろうが! 大体、ほら、おれはイゾウと……な?」
以前、船室の廊下でイゾウとキスをしている所をエースに見られたことがある(不可抗力だ!)サッチは、それを引き合いに何とか納得してもらおうと必死になった。二人がそういう仲だということはエースも理解しているはずだし、何よりサッチはイゾウが怖い。たとえエースの勘違いだとしても、嫉妬深いイゾウは煙が立った時点で断罪するタイプだ。もちろん豆鉄砲程度の威力で済むわけがない。何しろ彼の銃の腕前はモビー随一なのだから。
「マルコが嘘ついたって言うのかよ!」
ぶぅと膨れる末弟に、サッチはため息をついた。
「……あのな。おまえとマルコって、一体どんな関係なわけ?」
まずそこから理解を深めない限り、この問題は解決しない。サッチの質問に、エースの目が泳いだ。
「えー……っと。セフレ?」
「おう。最低の答えだな」
「セックスはするけど、コイビトじゃない……気がする」
「ギリギリ赤点だ。おまえはそれでいいのか?」
「わかんねェ。でもこういうのは好きじゃないとヤっちゃいけないんじゃないかって思って」
「お、及第点。で、セックスをやめてみたんだな」
「うん。何か分かるかと思って。そしたらマルコが『じゃぁサッチと寝る』って」
「マジかよ」
サッチは更に長いため息をついた。あの性悪不死鳥が一体どのようなシチュエーションで言ったのかが手に取るようにわかる。おっさんは狡いのだ。その狡さを、彼はまだ分かっていない。
「それを聞いてイヤな気分になったから、おれのところへ飛んで来た。違うか?」
「そう……だと思う」
「じゃぁ、おまえの気持ちはそういうことなんだと、おれは思うけどな」
「そっか……。でもマルコは、おれのことをセフレだと思ってんじゃねェの?」
「おれに聞いても解決しないだろ。それは」
「じゃぁイゾウ?」
「やめとけ。余計にこんがらがるぞ」
ああ見えて好色な彼にそんな話題を振ろうものなら、下手をすればエースが食われてしまうかもしれない。サッチは必死で止めた。
マルコとエースは、親子ほど年が離れている。この2人が恋人になるには、膨大なジェネレーションギャップが待ち構えているだろうが、正直サッチには知ったことではない。言いたいことはただ一つ。「おれを巻き込むな」だ。
「エース。おまえはマルコの言葉を真に受け過ぎだ。あの鳥は相当ヒネてやがるからな。そして会話が足りねェ。もっとちゃんと、マルコと話をしろ。セックスばっかりしてねェで」
「だからセックスはしてねェじゃん」
「最近ろくにマルコに近づいてねェだろ。セックスしないならマルコにも近づかないのか? 他にコミュニケーションの取り方はいくらでもあるだろ」
「だって近づいたらヤりたくなっちまう」
「根性で抑えろ。おまえは猿か」
「猿じゃねェって!!」
キー! とでも言いだしそうなエースを、まぁまぁと宥める。全くもって迷惑な話だ。色恋沙汰の駆け引きに勝手に使わないでほしい。サッチは心底思った。癖のある黒髪をくしゃりと撫で、ドアを開けてやる。
「今日はハリケーンだ。二人で話すにゃ、時間は有り余るほどある。ちゃんと話し合えよ」
「セックスは」
「話が終わってからだ」
じゃァな、と可愛い弟を見送り振り返ると、余裕の表情を浮かべたパートナーが立っていた。風呂上がりなのか、艶々とした黒髪は結われていない。
「随分と面倒見がいいじゃねェか」
顔は笑っているが、目が笑っていない。一番痛い目に遭うイゾウの笑みだ。
「……あのね。サッチさんね。すげェ疲れたの。今日は勘弁してほしいなァ……なんて?」
「冗談だろ。年端もいかねぇ家族に手ェ出そうとした理由を、ちゃんと聞かねぇとなァ」
「わぁってるくせに」
「知らねェな」
ふふ、と笑い合い、一番隊隊長の部屋へ消えて行ったエースを二人で見送る。
「こりゃァ、今晩はうるさくて眠れやしねェな」
「なァに。今日はハリケーンだ。サッチさんも寝るとするか」
「添い寝してやるよ。嵐が怖くて眠れねェだろ」
「バカ言ってんじゃねェよ。ま、寝酒ぐらいなら出してやれるが?」
ハリケーンが秘めやかな音をも巻き込んで去ってくれることを願いながら、サッチは今晩2人目の客人を招き入れた。
(おわり)
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