釣られた魚の処世術(4/6)
- 丘咲りうら
- 2018年1月30日
- 読了時間: 4分
「この酔っ払いが! ほら、入れ」
いささか乱暴にイゾウを彼の部屋へ押し込む。彼はそのままベッドにごろりと転がり、はだけた胸元も気にせずくっくと笑っている。襟元から覗くのはどうみても男性の胸筋なので別に隠す必要はないのだが、それでもやっぱり、刺激的な絵ではある。
「ああ、笑った。あの時のあんたの顔は傑作だったな。今日の酒は殊更旨い。少し酔ったみてぇだ」
上機嫌に笑うイゾウに、サッチは呆れた。
「少しじゃねェだろうが。甲板であんな事しやがって。今日は眠れねェクルーが続出だぞ」
「エースを筆頭にか?」
「気付いてたんなら止めてやれってんだ。ったく、性格悪ィな」
グラスに注いだ水を差し出すと、イゾウはけだるげに起きあがって一気に飲み干した。イゾウは酒に強いが、ある上限を越えると(それだって並の人間からしたら遥かに上だ)突然酔いが回る。それも見た目では分からないので厄介だ。だがこれまで、脱ぎ出すということはなかった。サッチのストリップはいわゆる宴会芸なので、全裸になったところで囃したてられるか一番隊隊長の華麗な蹴りが飛んでくるぐらいの無害なものだが、イゾウの艶姿は何というか完全にアウトだった。普段豪気すぎる彼のあのような姿はシャレにならない。イゾウの寝込みを襲うような命知らずはいないだろうが、モビーの風紀を乱しかねない。
「エースよりもマルコの顔の方が見物だったな。あれはまだモノにしてねェのか?」
「おれに聞くな」
「知ってるくせに」
「ダチは売らねェ主義なの」
「ふふ。お堅いこって」
「……ま、お疲れさんだったな」
改めて労うと、酒が入ってた想い人は素直に「ああ」と受け取った。
「さすがにキツかった。普段いかに1番隊をアテにしてるかを痛感したな」
「諜報はあいつらの専門分野だからな。頼りにするのは悪ィことじゃないだろ」
「それでも、隊の特性を考えるとなァ」
酔っていても隊長であることには変わりない。二人はしばし今回の作戦について意見を交わし、フィードバックした。
「けど、あいつらはよくやってくれたさ。かなり厳しいことも言ったんだが、よくついてきてくれた」
「隊長サマの人徳ってもんじゃないか?」
「それはそうだな」
全く謙遜しない麗しの隊長に、サッチは付き合い始めた頃を思い出した。変な遠慮がない、本音をさらけ出していたあの頃のイゾウを。
「……なんかよ、懐かしいな」
「何がだ」
「前はこうやって普通に喋ってたのになァ……って」
「そうか?」
「そうさ」
こうやってひざを突き合わせて話すのも2か月ぶりだ。だがそれより前から、少しずつ2人の距離が遠くなっているような気がしていた。
「ま、明日は休みだから、ちゃんと水分摂ってゆっくり休めよ」
母船に戻って少なからず気も抜けているだろう。彼には休養が必要だ。今、深い話はすべきではない。話し合いはまた落ちついてからにしようとベッドから離れたサッチの腕を、イゾウがきゅっと掴んだ。
「ん? どした」
らしくない彼の行動にトキメイてしまったのは秘密だ。
「他に言うことはないのか?」
「……他に、って。何だよ。らしくねェな」
振り返った先にいたイゾウは、いつもより華奢に見えた気がした。
「もう、……昔みたいな仲に戻ろう、とか」
弱い声のくせに、その言葉はサッチの臓腑にぐさりと突き刺さった。
「あ~……。やっぱヤメたい、か?」
極力傷ついていないように気を付けながら、サッチは努めて明るく返した。
「あんたに聞いてんだ」
「おまえはどうなんだよ」
「言いたくない」
「話が続かねェだろ。それじゃ」
貝のように黙り込んだイゾウに、ため息が出る。
「おまえがそうしたいなら、おれも倣うぜ?」
「やめたいのか?」
「んなこと言ってねぇよ」
サッチは静かにイゾウの手を離した。これ以上の会話は、もう意味がない。
「何もこんなめでたい日にそんな話しなくてもいいだろ? まァキリがいいっちゃいいけどよ。けど、急いては事を仕損じる、だっけ? 今日は疲れてるし酒も入ってるから、またその話はゆっくりしようや」
「逃げるのか」
「おれは逃げも隠れもしねェよ。じゃ、オヤスミ」
投げつけられた挑発をするりとかわし、サッチはイゾウの部屋を出た。
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