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執筆者の写真丘咲りうら

釣られた魚の処世術(3/6)

 部下に囲まれ大口を開けて笑うイゾウを少し離れたところでチラ見しながら、サッチは酒を煽った。出来れば今日は久しぶりに彼と膝を突き合わせて飲みたかった。彼の真意を聞きたかったのだ。  イゾウが「飽きた」のならばそれでいい。また「家族」に戻ればいいだけの話なのだから。だが、何となく関係を終えるのは気持ちが悪いので、時間を作って話をしようと3日前から考えていたのだ。それをあの空気を読めない末っ子に台無しにされてしまった。  サッチは手当たり次第に酒を飲み、現実逃避に勤しんだ。あの時にイゾウとの間に流れた空気の微妙さを思い出すだけで、酒樽で溺れたくなる。

「あー! もー! チクショー!」

 すべてが上手く行かない気がして、サッチは荒れた。こうなったら、解決方法は一つしかない

「ではァ! 16番隊の帰還と麗しの隊長サマの生誕を祝って~! サッチ脱ぎまァっす!!」

 サッチは、全部脱いで忘れることにした。

 自他ともに認める宴会部長のサッチは、宴ともなるとかなりの確率で脱ぐ。その場が盛り上がれば楽しいし、何より自分が一番楽しい。海賊なんて先の見えない稼業をやっているのだから、何でも全力投球でやらないと後悔するじゃねェかよというのがサッチの持論だ。クルーたちも慣れたもので、やいのやいのと囃し立てる。その声が原動力になったりするのでやめられない。  えへんと咳払いをしてジョッキのビールを一気に飲み干し、コックコートを模した戦闘服に手をかけてあっという間に下着1枚の姿になった。ちなみに今日の下着は、とっておきの勝負パンツである赤のひもパンだ。

「さぁさぁ、この紐をきゅっと引っ張ればァ、満を持してサッチさんのサッチがお目見えですよ~」

 おもむろに腰の紐に手をかけると同時に飛んで来た、「汚ぇ!」「酒がまずくならァ!」「ひっこめサッチ!」などのヤジをもろともせず、彼らに目配せをする。するとその先から、見慣れ過ぎた美丈夫がこちらへやってくるのが見えた。普段イゾウはサッチが脱ごうが吐こうがお構いなしでマイペースに酒を飲んでいるのに、何で今日に限って限って…! と思ったが、来るなとも言えないので絡むことにした。

「おやァ、今日の主役がお目見えだァ! では麗しの16番隊隊長サマに手伝って頂きましょォ!」

 遠くから「やめろー!」「イゾウ隊長の手が腐るー!」と外野から悲鳴が上がる。そんなことを言っても、やってきたのはそのイゾウサマからなんだから知ったことではない。

「楽しそうだな」 「まァな」

 ヤケクソだよ! と言いたい口を無理やり改変して、余裕たっぷりに返事をしてやる。そうだ。いつもこの表情が読めない飄々としたこの男のことが、おれは……。

「どれ、今日は付き合うか」 「はひィ!?!?」

 びっくりしすぎてわけのわからない声を出すサッチの横でイゾウがおもむろに腰に手を掛け、巻いている赤い羽織をはらりと落とす。視線の先で呆然と見つめる野郎どもに艶然と笑み、そのままくるりと背を向けた。うつむき加減の襟からちらりと見えるうなじの何と艶めかしいことか。顔が見えないギリギリの位置で見返り、しゅるり、と腰紐が解かれる。床に落ちた長いそれが、まるでヘビのようにサッチの視線を捉えた。布が擦れる音に慌てて視線をイゾウに戻せば、襟はすでに肩まで降りて美しいうなじが露わになっている。先ほどの喧騒とはうって変わって水を打ったように静かになったモビーの甲板。刺すような視線を感じて再びイゾウから目を逸らして辿れば、骨付き肉を持ったまま口を開けて固まっている末弟の後ろでマルコがものすごい形相で睨んでいた。これはまずい。非常にまずい。このまま事が進んでしまえば、確実に殺される。おれが。  重力のままに落ちていくイゾウの着物が腰を掠めたその瞬間、サッチは我に返った。

「だぁああ!! ストーーーップ!! ストップだ!!」

 地面に落ちようとした着物を捕まえ、そのままイゾウの身体をがばりと包み込む。当然のことながらものすごいブーイングが聞こえてきたが、群衆に向かい「うるせぇ!」と一喝した。

「今日はここでお開きだ! おら! さっさと寝ちまえってんだ!」 「えー! 見たかったーー!!」

 ぶぅぶぅと喚く輩どもを無視して、タガが外れたのかケラケラと笑うイゾウを抱える。その時彼の白い手がサッチの腰に当たり、自慢の下着の赤い紐をほどいてしまった。

「うげェ!! サッチ隊長、見えてますよ!」 「げ!! おれの絶対領域が!!」

 サッチは軽率に脱ぐが、大事な部分は徹底的に隠す。それがこんなところでお目見えしてしまっては宴会部長の名に恥じてしまう。イゾウを抱え、自身の股間も守りながらサッチはどうにかして甲板をあとにした。

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