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執筆者の写真丘咲りうら

釣られた魚の処世術(2/6)

 帰還の宴は、ニューゲートの指示以上に盛大に行われた。皆が家族の無事の帰還と成功、そして功労者の生誕を祝い、戦利品を羨み、共に笑い、飲んだ。2か月という長い遠征期間が彼らのメンタルを削ったことは否めない。だが無事に帰り、偉大な父に労われることで、彼らはその苦労すらも宴の賑わいと共に昇華するのだ。  モビーに戻ったイゾウと出迎えたサッチが交わした言葉は二言三言で、他愛のないどころが素っ気なさがにじみ出ていた。どこか気まずい空気を感じたサッチは「んじゃ、宴の準備でもしてくらァ」と早々に厨房へ入ってしまった。それからは戦場と化した厨房で考え事をするまもなく作業に勤しみ、ようやく一息ついた頃には夜すっかり更けて甲板で酒瓶を抱いて眠るクルーが点在していた。絡んでくる芋虫たちを足蹴にしながら、サッチは独りで飲んでいたマルコの横へ腰を下ろした。少し離れたところで、末っ子を横に座らせたイゾウが上機嫌で盃を傾けている。

「随分とゴキゲンだな」 「そりゃァ、あんだけ完璧に事が運べば誰だって嬉しいだろい」

 2か月という長期間の遠征は、目に見えて彼らの実力を向上させた。全て自隊でやると言った手前、イゾウのプレッシャーは相当なものだっただろうが、それでも彼は持ち前の精神力の強さとカリスマ性で作戦を成功に導き、部下からの信頼をさらに強固なものにした。

「1番隊の立つ瀬がないってか?」

 茶化すリーゼントに、不死鳥は「はん」と鼻で笑った。

「ジョブローテーションは必要不可欠だ。どこの部隊でも出来るようになってもらわねェと困るだろい」 「ま、そうですけどネ」

 ちなみに、4番隊中で最も諜報活動を得意とするのはサッチだ。もちろん部下も育ててはいるが、ここ一番で隊の誰に任せられるかと問われると自分以外ではまだ厳しいというのが正直なところだ。隊長自らが行動を起こすのはあまりよくないことだというのはサッチも承知しているので、マルコの言葉は少々懐に滲みる。  そんなサッチの心中を知ってから知らずか、マルコは咥えていたタバコを手持ちの灰皿に押し付けながら「まァ」と続けた。

「確かによくやったよい。殆ど連絡も取れない状況にいたからねい。いくら部下が優秀とは言っても、イゾウ独りで背負っているものは大きかっただろう。せいぜい労ってやれよい」

 言外に含まれた意味深な言葉に、今度はリーゼントが「はっ」と息を吐いた。

「それはおまえの可愛い末っ子がやってくれるんじゃねェの?」 「おれのじゃねェよい」 「どうだか。時間の問題だと思うけどね~」

 人に興味を示さない不死鳥が新入りの末っ子にご執心なのは、旧い付き合いのサッチには隠せない。長い付き合いで今更互いの性癖だの何だのを隠しても仕方がないことはマルコも分かっている。だからこその明け透けな会話だ。

「あんまり性急に迫ってやるなよ。さすがの火の玉小僧も、おまえさんの性癖を知ったらびっくりするだろうからよ」 「余計なお世話だよい」

 よい、と不死鳥が立ち上がったところで、噂の張本人が「サッチー!」と声を上げた。

「何だエース。食いモンはもうカンバンだぞ~」 「そうじゃねェって。あ、マルコも来てくれよ」 「やれやれ。隊長を口先一つで呼びつけるなんざ、うちの新入りも偉くなったもんだねい」

 ため息をつきながら、それでもちっとも嫌がる素振りを見せず、しっぽが見えていたらふわふわと喜びを表していたであろう不死鳥の後ろをついて歩き、サッチはエースとイゾウの前へやってきた。

「これはこれは。本日の功労者サマにお酌もしませんで」

 恭しく酒瓶を掲げるサッチに、イゾウが「まったく気が利かねェな」と笑う。どうやら随分と酒が進んでいるらしい。目のふちをほんのりと朱に染め、美丈夫が盃を手にした。

「なァイゾウ。前から聞きたかったんだけどさ」 「おう。何だ」

 末っ子の問いかけに、イゾウが盃を口にしながら先を促した。この後サッチは、何故ここで止めなかったんだろうと心底後悔するハメになる。後悔というのはあとからするから後悔というのだが、さすがのサッチもまさかこの質問を本人にぶつけるなんて予想だにしていなかった。

「イゾウってオナニーとかしないの?」 「あン?」

 突拍子もない末弟の質問に、イゾウが聞き返す。エースが彼の部下ならば不躾な質問の代償としてこめかみに風穴が開いていたかもしれないが、結局のところイゾウもこの末っ子には甘かった。

「随分と直球な質問じゃねェか」

 面白がるイゾウに、サッチは生きた心地がしなかった。何でおれを呼んだんだ! とエースの胸ぐらを掴みたかった。上半身裸の彼の胸ぐらを掴むのは難しいだろうが。

「イゾウって、なんつーか人間っぽくねェなァって思って。飯とか食ってるのは知ってっけど、そーゆーことしてるのが想像できねェっつーか」 「おれだって人間だぞ? それなりの欲望はあるさ」 「じゃぁ、する?」 「するに決まってんだろ」

 あっさりと答えたイゾウに、エースが「だよなァ」とほっとしたように笑った。

「サッチがさァ、イゾウはそんなことしねェって言うから、そんなヤツいるのかなァって心配になっちまって」

「アァ?」  「!! ちょっ…!! エース!」

 自分を見つめる切れ長の視線を感じながら、「この際悪魔に魂を売ってでもいいから、こいつを瞬時に黙らせる方法を教えてほしい」とサッチは心底願った。この末っ子だけは、本当に理解不能だ。

「エース。このリーゼントに何を吹き込まれたのか知らねェが、何でもかんでも信じるんじゃねェぞ。サッチの話は2割ぐらいだけ聞けばいい」 「そりゃ低すぎだろ!」

 思わず出た口は、更に冷たい視線で瞬時に閉ざされた。  そんなサッチに助け船を出したのは悪魔でも神様でもなく、眠たい顔をした不死鳥だ。

「エース、向こうに肉が残ってるよい」 「マジ!? どこどこ!?」 「あっちだ。ああ、あれは一番隊だねい。おれが頼んで貰ってやるよい」 「やったー! 肉~!」

 自分の言葉に全く責任を持たず、末っ子はその身を炎に変えて甲板の反対側へと行ってしまった。去り際に「始末は自分でやれよい」と囁いた腐れ縁は、決して救いの神ではなかった。それと入れ違いに、16番隊の部下が隊長の大好物の米の酒を手にこちらにやってくるのが見えたので、サッチはこれ幸いとその場を離れることにした。

「ま、まったく、何言ってやがんだエースは。おまえさんだって男だもんな! おら、可愛い部下たちがお目見えだ。おれも少し飲んでくらァ」

 不自然極まりないが、三十六計逃げるに如かず。イゾウの視線を感じないようにサッチは早々に逃げだした。

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