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執筆者の写真丘咲りうら

釣られた魚の処世術(1/6)

「なァ、イゾウってオナニーとかするのかな?」

 いくら酒の席とはいえあまりに衝撃的な末っ子の疑問に、年のいった海賊たちは酒を飲む手を止めた。

「エースくん? いくら本人がいないっつっても、ちょーっと直接的すぎるんじゃないかな?」

 4番隊隊長が軽く諌めるが、怖いものなしの末弟は全く気にしていない。

「だってさー、イゾウってすごいベッピンだろ? あ、中身がすげぇ男らしいのは知ってる。イゾウって怒らせたら超怖ェし。こないだの襲撃でイゾウを女扱いした奴、マジで死んだ方がマシなぐらいボコボコにされてたもんな」 「話が逸れてるよい」

 冷静な1番隊隊長の突っ込みで、エースは「そうだった」と話を引きもどした。

「なんつーのかな。イゾウって、人間っぽくないところがあるだろ? そーゆーのって何ていうんだっけ?」 「浮世離れした、かい?」 「そうそう。そんな感じ。トイレ行ったりとかエロ本見たりとか、そういうところが全然想像出来ねェ」 「前に腹下してトイレから出てこなかったのを見たよい」 「上陸した時に、花街に行ってるのも見たことあるぜ」

 まだ家族になって日が浅いエースが見たことがない光景でも、付き合いが長い男たちは山ほど見ている事実だ。一体彼がイゾウに何を求めているのかがさっぱり分からないが、エースがイゾウに抱いている理想がやたらと高いということだけは理解が出来た。遠征でモビーを離れている十六番隊隊長は、母船でこんな話題になっていることなどつゆ知らずだろう。

「イゾウも男だからねい。やるんじゃねェのかい」 「マルコもする?」 「昔ほどじゃないけどねい。航海が長引けば時々するよい」 「陸に上がれば、オネーチャンたちに搾り取られるくせにな」 「そっか~。サッチはめちゃくちゃヤってそうだよな」 「何だよその決めつけ! おれにもちゃんと答えさせろよ!」 「持ってるエロ本もマニアックだし」 「関係ねェだろ!?」

 末っ子との会話は、どうしても漫才みたいになってしまう。ラクヨウに「おまえらコンビでも組んじまえよ」と笑われたのは、つい最近の話だ。

「でもまァ、想像ができないってのは分かるな」

 当の本人がいなくて酒も入っているので、サッチは少し気が大きくなっていた。確かにイゾウはミステリアスで「霞を食って生きてます」と言われても納得してしまいそうな雰囲気がある。(もちろん彼の食事風景は日常に溶け込んでいるのでそんなことはないが)彼とは家族で、兄弟で、それ以上に深い仲のサッチは霞どころか生々しいまぐわいをする仲だ。だからそんなはずはないのだが、言われてみれば彼が自慰をしている姿だけは想像ができなかった。する必要がないぐらい触れあっているという性生活の頻度はこの際置いておく。

「だろ? 見たことないだろ?」 「おまえ、誰かのマス掻き見たことあるのかよ」 「ないけど」

 そりゃそうだ。公開オナニーなんて正気の沙汰ではない。あれは一人でこっそりやるから楽しいのであって……と考え始めたところでサッチは(いかんいかん)と話を戻した。

「誰が野郎のマス掻きを喜んで見る奴がいるんだ。イゾウはきっとヤってねェよ。あの見た目通りモテるし、必要ないんじゃねェか」

 誤魔化すようにジョッキを煽り、サッチは席を立った。

「明日早番だから、そろそろ寝るわ。ちゃんと片付けとけよ」 「おう。おやすみ。オナニーする?」 「おまえはもう少し言葉を慎め」

 じゃないと、隣のパイナップルに食われちまうぞ、とあまりに無防備な弟に心の中で声をかけ、サッチはラウンジを後にした。

 16番隊が遠征に出て2ヶ月になる。今回の遠征は、内偵から討伐までを一貫して彼らだけで行っていた。事前調査や内偵などの諜報活動はマルコ率いる1番隊が得意としているが、今回は特殊任務が多い部隊の個人スキルを上げたい隊長たっての希望で、16番隊のみの編成で作戦を実行することになった。夕方の隊長会議で、マルコから無事に彼らが任務を終え、3日後に帰船することが伝えられた。報告を聞いた父は「イゾウの誕生日に帰るとはめでてぇことだ。酒をたんと用意して迎えてやれ」と上機嫌に笑った。近々行われる盛大な宴に向けて、サッチの頭はめまぐるしく段取りを組み立てている。だがその片隅で、少しだけ不満もあった。

 なーんで直接連絡してこねェかな。

 帰還の連絡は、イゾウから直接マルコに伝えられた。白ひげの右腕として隊を統括する立場の彼に連絡をするのは当たり前のことだ。だが互いに盗聴防止機能が付いた電伝虫を持っているのだから、連絡の一本ぐらい寄越せないものかと思ってしまったのだ。  海賊で、ましてやいい年をした男同士の2人だ。恋人という言葉を前面に出すのは憚られるし、仕事にそんな情を挟むのはナンセンスだと思っている。だが家族以上の間柄なのだから、任務を無事に終えた一言ぐらい直接あってもいいじゃないかとサッチは思ってしまったのだ。

 そもそもイゾウと付き合うことになったのは、彼の猛烈なアプローチがあったからだ。それまで恋愛などその場限りだと割り切っていたサッチを追いかけ、追いつき、こめかみに銃を突きつけんばかりの勢いで振り向くまで追い詰めたのは他ならぬイゾウで、のらりくらりと逃げていたサッチがほだされたのが半年前。身も心も観念した今、サッチの心は真っ直ぐイゾウに向かっている。彼が笑えば嬉しいし、辛いことは共有したいと思う。だが最近のイゾウはそんな素振りを一切見せない。自分を追いかけていたあの頃の情熱はどこへ行ったのかと思うぐらい、素っ気なかった。これが倦怠期というやつなのか、もしかすると、イゾウはターゲットが振り向けば興味を失ってしまう性格なのか。

「釣った魚には、餌をやらねェのかね」

 大海原を共に旅する仲間だ。2ヶ月もの間離れているということは滅多にない。嘘でも連絡を寄越せばいいのに、と元々情が深いサッチは考えてしまっていたのだ。じゃぁ自分から連絡をすればいい話だが、それこそ任務の邪魔をするわけにはいかなかったし、だからと言って帰還中の彼に連絡を入れるのも気が引けた。つまり何だか「負けた気分」になるのだ。 「あんたに飽きた」と言われればそれまでだ。大体、何であんなにベッピンな男がこんなオッサンに勃つのかが分からない。腐れ縁の隊長にも「イゾウは男の趣味だけは悪いねい」と評される始末だ(大きなお世話だが)。花街を歩くイゾウはそれこそ引く手あまたで、男女問わず近寄ってきた。もしかしたら遠征先の島でいい相手でも捕まえたのかもしれない。それならそれで仕方ねェなァ、と末っ子の倍ほど年上のリーゼントは諦めの境地に立ち、頭を切り替えて宴の準備に集中した。

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