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執筆者の写真丘咲りうら

ハリケーン・ラプソディ(1/3)

「おれ、しばらくマルコとセックスするのやめる」

 突然宣言をした末っ子に、マルコは眠たそうな目を向け「あ?」と聞き返した。

「飽きたのかい?」 「違う。逆だ。おれマルコとセックスばっかりしてたらダメになる気がしてきた」

 エースの自覚はもっともだろう。エースとマルコは恋人同士という間柄ではないのだが、暇さえあればセックスをしている。その頻度はいくらヤリたい盛りのエースとて常軌を逸していた。さらに年を重ねているマルコからすれば、尋常ではない回数だ。だがマルコは体力はあるし、セックスも好きだ。エースの要求にこたえるなんざお安い御用だよいと特に文句もなかったのだが。

「マルコを見たらセックスしてェって思っちまう。あんたが飯を食ってる時とか、色っぽくて超やべェ。だから、しばらくやらねェ」 「溜まったらどうするんだい」 「……自分でどうにかする」 「おれよりオナニーの方がいいってのかい」 「だァから違うって! 一日中マルコとのセックスのことばっか考えちまうから、おれホントにダメになっちまいそうなんだって」 「セックスのし過ぎで死ぬやつなんていねェよい。……ああ。そういや昔、オナニーのし過ぎで死んだ猿がいるってニュースを読んだねい」 「おれは猿じゃねェよ!」

 とにかく! しばらくセックスはしないからな! と、末っ子は頭から火の粉を吹き出しながらラウンジから出て行った。

「朝から何キレてんだ? あいつは」

 腐れ縁の4番隊隊長が、コーヒーを手に一人になったマルコの向かい側に座った。

「知らねぇよい」 「犬も食わねぇってか。お熱いこって」

 サッチが冷やかすが、マルコはどこ吹く風で無視した。

「おっさんのおまえが言いだすならともかく、ヤリたい盛りのエースがあんなこと言うなんてなァ。あれか? よっぽどマニアックなプレイでもしたのか?」 「おまえと一緒にするない」 「おれはノーマルだってんだ」 「ノーマルなセックスであんな声出すかよい。廊下に出たら丸聞こえで、とんだ迷惑だったよい」 「夜はお部屋から出るんじゃありません」

 あらぬ反撃を食らったサッチはオホンと咳払いをして、「とにかく」と仕切りなおした。

「朝のラウンジで宣言することじゃねェってのは教えといてくれよな。爽やかな朝の空気が台無しだ」 「人のことが言えるタマかよい」 「うるさいわね」

 コーヒーを飲み終えたサッチは、そそくさと席を立った。朝だというのに疲労感満載の彼の後姿を見ながら、マルコは「どうしたもんかねい」と独り呟き、本日の任務に就くべく立ち上がった。

 それから10日が過ぎた。エースは宣言通り、マルコとのセックスを断っていた。うっかり好奇心で寝てしまった2人が、これほどまでにセックスをしない日はなかった。エースがセックス断ちをしているということは、その相手であるマルコも同じ立場だ。最高新記録を更新しつつある日々に先に苛立ったのは、マルコの方だった。

「えらくご機嫌斜めじゃないか」

 分かる人にしか分からない不死鳥の変化を敏感に察知したのは、麗しの16番隊隊長だ。今日も着流した着物が様になっている。

「まァねい」 「ご無沙汰なんだって? プレイの方向性の違いでケンカでもしたか」 「おまえたちと一緒にするない。あいつが勝手に言いやがったんだ」 「そうかい。まァ、若い頃にゃ色々悩むからな」

 意味もなく、と嘯いたイゾウに、マルコは「まったくだよい」と同調した。

「とんだとばっちりだよい」 「ふふ。同情するよ。解禁したら精々乱れておやり」

 さらりと恐ろしいことを口にし、美丈夫はひらりと手を上げてマルコの元を去った。人の機微など気にしないような素振りのくせに、見るところはちゃんと見ている。色恋沙汰となれば決して見逃しはしないイゾウに、マルコはやれやれとため息をついた。

 エースは自分との関係をセフレ程度にしか認識していないだろう。そのように仕向けたのは、他でもないマルコだ。いつでも離れられるように、情が移らないように、都合のいい時にセックスが出来る相手。全てマルコが望んだことだ。だがそれは彼の本心ではない。本当なら、エースの全てが欲しい。身も心も雁字搦めにして、何なら箱に入れて肌身離さず持ち歩きたい。それほどまでにエースが可愛く、また男として惚れこんでいた。しかしその感情がエースの為にならないことは重々承知している。だから苦肉の策としてセフレという選択をした。どこか少しでも自分を欲してくれればマルコはそれで十分だったし、それ以上望むつもりはなかった。  だから「セックスをしない」というエースの宣言は、正直堪えた。自分の存在価値がなくなってしまうような気がしたのだ。天下の白ひげ海賊団の一番隊隊長ともあろう者が、半分の年にも満たない年下の男に踊らされている。バカバカしすぎて、笑う気にもなれない。

 空は快晴だがマルコの心は曇天もいいところだ。それに、西の空模様が何やら怪しい。上空を飛んでいるカモメが嵐が来るぞと伝えていた。見上げたメインマストの見張り台からちらちらと見える黒髪を一瞥し、マルコは身を不死鳥に変えて大空へと羽ばたいた。

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