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執筆者の写真丘咲りうら

初穂の香

「イゾウ!誕生日おめでとう!!」

 日付が変わると同時に、ノックの返事を待たずにバターンとドアを開けた可愛い末っ子に、イゾウの頬は自然と緩んだ。

「おう、ありがとなエース」

 一目散に飛び込んできた癖のある黒髪をくしゃくしゃと撫でてやると、エースはくすぐったそうに首をすくめ、へへっと嬉しそうに笑った。  甘えベタな甘ったれは、ようやく素直に甘えられるようになってきた。エースを猫可愛がりしているのは、1番隊隊長だけではない。一見クールに見えると言われるイゾウとて例外ではなかった。

「んで、プレゼントなんだけどよ……」 「ん?なんだ?おれにもあの『お手伝い券』くれンのか?」 「え?……あ!アレでいいのか!?」  それは考えていなかった!と、エースは顔を輝かせた。子どもっぽいプレゼントだったが、渡す側としては結構気に入ってるらしい。誰かの役に立つということが、彼の充足感を刺激するようだ。 「もちろんだ。その代わり、おれは人使い荒いぜ」  そっかぁ、じゃぁまたチケット作らなきゃな、と目を輝かせたエースの背後にもう一つの気配が現れた。

「エースが発行するチケットは、全ての権利がおれにあるよい」

「マルコ……」  エースが振り返り、先ほどイゾウに見せた表情よりも少し色を帯びた目でマルコを見つめた。

「……言い切りやがった。この邪(よこしま)不死鳥が」

 隣で飲んでいたリーゼントが、ぼそりとつぶやく。 「うるせェよい。おらイゾウ。おれとエースからのプレゼントだ」  よい、と無造作に投げられた瓶を難なく受け取りラベルを確認すると、出来たばかりの米の酒だった。イゾウの誕生日は原料の米がようやっと収穫される頃だが、マルコは一足先に冬島へ飛んでその年の新酒を手に入れてきた。上陸のタイミングが合わなければ自力で手に入れることが出来ない代物だが、翼を持つマルコにはどうということはない。

「おー!こりゃまたいい酒だ。サンキュな」 「今年はエースが一緒に行ってくれたからねい。酒蔵の店主とうまくやってくれて助かったよい」 「そんな……おれはただマルコについてっただけじゃねェか」 「おまえがいたから、秘蔵の酒を出してくれたんだよい」

 人目を憚らずイチャイチャしはじめた2人を止めることなく、イゾウは面白そうに見つめるばかりだ。

「あー……、もう分かったから、そういうのは自分たちの部屋でやれよ」

 もう腹いっぱいだとばかりにしっしと追い出すリーゼントなぞ歯牙にもかけず、2人は肩を寄せ合って自室へと向かっていった。

「今日はあのチケットを使おうかねい」 「いいけど、おれこないだみたいな難しいことなんて出来ねェぜ?」 「おまえが出来る範囲でいいんだよい」  声は遠ざかるのに漂ってくる濃厚な雰囲気に、ドアで見送ったイゾウは肩をすくめて扉を閉め、さりげなく鍵を掛けた。

「……何で鍵を掛けンんだよ」  目ざとく見つけたサッチが、嫌そうに尋ねた。 「今晩会いたい奴は、エースとマルコで最後だったからな」  しれっと答え、手に入ったばかりの酒の封を切る。 「じゃァおれも帰るか」 「冗談」  棚から揃いの切子のぐい飲みを取り出し酒を注ぎ、サッチの前に黄色、自分の前に赤をそれぞれ置いた。 「付き合ってくれンだろ?」  ぐい飲みを掲げて聞くと、しょうがねェなとばかりにサッチもそれに倣った。  出来たばかりの米の酒は、新酒らしいフルーティーな吟醸香と上品な甘味が口の中に広がった。

「しっかし、あいつらのあの雰囲気はどうにかならねェか?あからさまにチケットが使われたのが分かるっていうのも考えもんだな」  おそらく3枚目のチケットが使われている最中だろうマルコとエースに、サッチは苦言を呈した。 「まァ無体はしてねェみたいだし、エースだってまんざらでもなさそうじゃねェか」  旨い酒に舌鼓を打ち、イゾウは上機嫌だ。何よりも酒が好きな彼は、このプレゼントがいたくお気に召したらしい。

「で、あんたは何をくれるんだい?サッチ」 「明日の宴でイヤってほど食わせてやるよ。おまえの好きなつまみのオンパレードだ」  本業は菓子だというのに、この男は当たり前のようにつまみを作らせる。それも別にイヤではないのだが。

「それはありがたく頂くが、そうじゃなくて。そろそろおれァ、あんたに突っ込みてェんだが」  誕生日にバージンをくれるとかロマンティックじゃねェか?と少し艶めいた声で囁くイゾウに、サッチは舌の上で転がしていた酒をうっかり飲み込んでしまった。 「ばっ……!おっさんのバージンなんて誕生日に貰って誰が喜ぶんだよ」 「おれ」  さらりと答えられ、酒のせいだけではなく体温が上がるのが分かった。  この少し年下の男は、こうやって自分を誑かす。年下のくせに、と少し悔しくなる。

「あんたが嫌がることはしねェっつって、随分経つぜ?おれの気持ちが戯れじゃねェっていうのも、そろそろ信じてくれねェもんかね」

 女専門だったサッチがイゾウの怒涛の押しに折れて2人が恋仲になったのは、少し前のことだ。しかしイゾウはグイグイ押しながらもサッチの意思を尊重し、まだ最後まではやっていない。  彼を信じていないわけではない。自分だってこの男に惚れてしまっているのだ。しかしそこから先に進むのは、いくらおっさんでも、いや、おっさんだからこそ躊躇するのだ。年を取ると、妥協できないことが増えてくる。

 ぐるぐると言葉を紡ごうとする顔が、さぞかし困ったように見えたのだろう。イゾウはそれ以上は言及せず、ふぅと息を吐き出した。 「……オーケー。無体はしねェよ。ソッチはあんたがその気になってくれてからでいい」  その代わり、と空気が動いた。椿油の香りがふわりと漂う。

「今日はおれの誕生日だし、いつもよりもうちょっとだけ、ヨくしてくんねェかな」

「……ぅ……あ……っ!……っぁ」  グチュグチュと卑猥な音が部屋に響く。四つんばいにされたサッチの腿の間にはイゾウのペニスが挟み込まれ、緩やかな前後運動がなされていた。 「ァア……すげェいい。サッチ……」  快楽を隠さないイゾウの声が背後から聞こえる。姿が見えないことが不安になり、サッチは後ろを向いた。すかさず重ねられる唇を互いに貪る。

 今まで全く何もなかったわけではない。キスはしたし、互いのモノを触ったり出したりはした。しかし今夜の行為は、紛れもなくそこから先に進んだそれで。

 ぬるぬると股の間を行き来するイゾウのペニスと、自分のいきりたったブツがこすれ合う刺激に腰が引けるが、イゾウはそれを許さずさらに腰を引き寄せ刺激を与える。 「あ……ぁ……、クソ……っ!!で……ちま……ぅ……って……イゾ……っ!」 「いい……じゃねェ……か……んっ……出しちまえ……よ」  荒い息遣いと共に熱い舌がうなじを這う。そんな刺激にも身体は正直に反応し、ぞくぞくと愉悦が走る。奇妙な交わりだったが、これは確かにセックスだ。そう自覚した瞬間サッチはたまらず射精し、イゾウも少し遅れて達した。

「も……しねェからな」

 それから何度となく同じ行為を繰り返し、2人同時にベッドに倒れこんだ。サッチはぜいぜいと息を荒げ、手近にあった手ぬぐいでローションと2人分の精液がたっぷりと付いた腿を拭う。ベタベタとする感覚が気持ち悪い。 「まァそう言うな。別に入れるだけがセックスじゃねェわけだし」  何なら次は逆にしてみるか?と笑うイゾウの乱れた髪にぞくりとした色気を感じ、サッチは慌てて目をそらして起き上がり、安酒が入ったジョッキを煽った。

 越えてはいけない壁を越えてしまったような気がする。  サッチの心境はそんなところだったが、今日のイゾウはひたすらに上機嫌だった。

「なァ、サッチ。やっぱりおれにもあの券くれよ。『素股券』って書いてよ」  年下男のおねだりに、サッチは今度こそ飲んだ酒を噴きだした。

(おわり)

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